鞍馬天狗

夢寐のたわごと

虚家(きょか?) -男女同権―

女の子は、嫁にゆくと、自分が生まれ育った家のことを「実家」といいます。 では、嫁入り先は、「虚家」? 然り、嫁入り先を追い出されると、帰るところが、実家です。 つまり、嫁入り先は、落ち着くまでの「仮」の家。

 

嫁にとっては、「虚家」であっても、子どもたちにとっては、「実家」。 では、何時に成ったら、「嫁にとっての虚家」が、「子供の実家」に変わるのでしょう?  では、嫁は、何時に成ったら、「虚家」に落ち着けるのでしょう? 

 

もちろん、子供を産まなきゃ、お母さんには成れません。 嫁が「実家のお母さん」に昇格できるのは、子供を産んでからです。 

 

子供を生んだら、嫁も、「(実)家を持てる?」。 いや、そんなことはありません。 実家は、あくまで子供の実家。 嫁入り先は、嫁にとっては、「仮の家」。 本来、女には「三界」に家はないのです。

 

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注:三界(さんがい、: tri-dhātu)とは、仏教における欲界色界無色界の三つの世界のことであり、衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界をその三つに分けたもの。 三有(さんう)ともいう。 仏陀はこの三界での輪廻から解脱している。・・・・・・・・・・(ウイキペデイア)

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その証拠に、子供が出来た後でも、女(嫁)は、自分が生まれ育った家を実家と呼び、両親を「実家のお父さん、実家のお母さん」と言います。

 

では、何時に成ったら、女は自分の「家」を持てる? 目安は、「姑」の退陣です。 「舅」の方は、あまり邪魔になりません。 舅だけ残ったら、床の間に飾っておくだけでよいのです。 もちろん、姑も舅も、ボケたら荷物になります。 嫁は、始めは招ねかれ、直ぐに招かれざる客に昇格し、子供が産まれたら「嫁」として認められ、それから忍耐の数年を過ごし、やっと「家」が自分の子供のものになります。 もうその頃は、「義理」の親という荷物が、ドシンと肩に懸っています。 元々、女の子には、自分の「家」は無いのです。 すれば、実家が恋しく、懐かしくなるのも当然です。

 

親は、良いものです。 親は、子供を、何時でも、暖かく迎えてくれます。 故郷も、忘れ難いものです。 故郷も自分を、何時でも暖かく、使い慣れた方言で、迎えてくれます。 故郷こそ、自分の「出自」です。 自分が「帰れる所」は、つねに懐かしいのです。 帰れなくとも、「帰れる感じ」がすれば、それで十分なのです。 最終的に、帰れる所は、自分が産まれ出た所、つまり母親のお腹でしょう。

 

私は、戦争に駆り出され、戦地へ行ったことがありませんから、伝聞ですが、戦死する間際に兵隊たちが叫んだ言葉として、「お母さん!」がよく聞かれたと言います。 男女の区別なく、忘れ難きは、「母」であり、「故郷」であり、「実家」なのです。

 

その点、男は、家を作ります。 志を立て、郷関を出て、自らの家系を始めます。 然れども、故郷(出自)は忘れないのです。 母を懐かしむのです。 この点に関しても、他の哺乳動物と変わらないのです。