鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

邯鄲(かんたん)の夢

郷を離れ、趙の都の邯鄲に赴く。 盧生はそこで呂翁という道士(日本でいう仙人)に出会い、延々と僅かな田畑を持つだけの自らの身の不平を語った。 するとその道士は夢が叶うというを盧生に授ける。 そして盧生はその枕を使ってみると、みるみる出世し嫁も貰い、時には冤罪で投獄され、名声を求めたことを後悔して自殺しようとしたり、運よく処罰を免れたり、冤罪が晴らされ信義を取り戻ししたりしながら栄旺栄華を極め、国王にも就き賢臣の誉れを恣にするに至る。 子や孫にも恵まれ、幸福な生活を送った。 しかし年齢には勝てず、多くの人々に惜しまれながら眠るように死んだ。 ふと目覚めると、実は最初に呂翁という道士に出会った当日であり、寝る前に火に掛けた粥がまだ煮上がってさえいなかった。 全てはであり束の間の出来事であったのである。 盧生は枕元に居た呂翁に「人生の栄枯盛衰全てを見ました。先生は私の欲を払ってくださった」と丁寧に礼を言い、故郷へ帰って行った。・・・・・・・

(Web 辞書)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

90年近い自分の生涯を振り返ってみると、正に「邯鄲の夢」。 いろいろと体験を重ねてきたが、その急速な変化と連続は、眼魔逃し(めまぐるし)かった。 今は、ただ呆然と振り返るのみである。 子供の頃の思い出が、未だ脳に残るが、それ以降のことは、「夢の、また夢」。 残る形あるものは、老残の身体と家族のみで、他には何も無い。

 

子守娘に連れられて、その娘の親元代わりの近くの「口入所(職業斡旋所)」を訪れ、子守娘の寂しさを慰め、紛らわせる外出に付き合わされたことが、走馬灯のように記憶に残る。 近くて遠い路面電車が走る線路沿いに、トボトボと歩く味気なさは、子供の頃の記憶として、今も心の底に残っているが、肝心の子守娘の「ニックネーム」を記憶するのみで、彼女の風貌は記憶にない。

 

生まれ育った街の様子は、全く変わってしまった。 子供の頃の遊び場だった近くの「御池通り」に面した神社、「ひでんさん」の境内は、今は改造され、代変わりした若い宮司が境内を掃いているのを見かける。 近くの路面電車の車庫も、今は、市営バス車庫となり、卒業したし尋常高等小学校の校舎も数多くの木造家屋が建て混む地域に、肩身狭く立ち残っている。

 

斯っての故郷は、今は、頭の中のみに存在するのみで、それ以外には、何処にも面影はない。 生家の前の目貫通りに並ぶ数々の商店も、大半が代替わりしていて、共に遊んだ仲間の殆んどが死に絶えている。 もう、孫の代なんだ。

正に、光陰は矢の如く飛ぶ。 一睡(炊)の夢。 これで、母の胎内に戻るか!