鞍馬天狗

夢寐のたわごと

メイド・イン・ジャパン(日本製)

「メイド・イン・ジャパン」は、私の子供の頃、「安物」の代名詞であった。と言って、私だって、そう年を取っている訳じゃない。 何のことはない、私だって、昭和の生まれである。

 

「土俵に女子は、登れない」。 日本の伝統だって?! 大した伝統じゃない。

江戸時代には、「女相撲」すら、存在した。 聞けば、明治の頃、女子の土表登場禁止は、西洋ボケをしたハイカラモンが、勝手に言いだしたことだと言う。 言うまでもなく、「土俵上に女を、上げない」といいだしたのは、 明治の西洋カブレの馬鹿共である。 女を持ち上げる積りで、「下げて」しまったのである。

 

ヤスモン! そう。 西洋人が持っている玩具を真似て作った安物のブリキ製の玩具が、メイド・イン・ジャパンの玩具であった。 

 

チャイニーズやコリアンが、日本製の品物を真似て、良いものを作って無断で売り、市場を荒らすから、「ケシカラン」?  そりゃ、可怪しい言い草だ。 

日本人も、中国から、「漢字」を、無断で拝領して、「世界に誇る」日本文化を作った。 

 

真似て、何処が悪い? 「真似る」は、「学ぶ」始めだ。 学んで、何処が悪い?

学ぶは、進歩の初めである。 進歩して、何処が悪い? 

 

欧米人は、切り札(トランプ)を使って、真似ちゃイカンという。 日本人も、それを「真似て」コピーは禁止しろという。 しかし、かっては、日本人事業家もコピー商品の王様だった。 日本人は、明治時代以来の「負けじ魂」で、欧米を真似て、欧米に比する文明開化の国へと、進歩した。 

 

ところが、折角、長い年月をかけて、育てたアイデア、作品、作物、などを、無断、無闇に持ち出して、努力もしないで、そうしたアイデア、作品、作物、などを、自分の手柄として、手柄顔に世間に吹聴、宣伝し、それから得られる「利益」を独占しようとする不埒者がいるのも事実だ。 

 

これには、「利益」、「儲け」、「栄誉」などの人間の「我欲」が関係している。「真似る」のを禁じる「ケチな根性」は、もともと、これも欧米に原点がある。

「我欲」は「権利の主張」の裏返しだ。 個人の権利(商業権)の主張は、欧米では、18世紀に、日本では元禄を中心とした平和と文化の爛熟を迎えた江戸時代に、アメリカ合衆国では、独立後の開拓の時代に、中国では、「清」中葉の繁栄の時代に、インドではイギリスが制覇していた時代に、顕著となった。 

 

地球を全体に吹きまくった、産業革命名誉革命重商主義、およびその余波を通して、人間が等しく持つ「我欲」が世界に顕在化、公然化、普遍化した。 しかし、欧米も、日本も、昔に遡ると、それほど「ケチ」ではなかったらしい。 

 

例えば、「てこ」の原理を発見した奴は、「てこ」使用料を要求していない。 重力を発見した奴も、御同様に太っ腹で、重力使用料を請求したりはしなかった。 蒸気の力を発見した人物も、権利主張していない。 算盤の力にも、特許権もないし、核の力は、特定国家のみが独占しようとしているかと思えば、どの国にも「核」の力を持たせないと主張する人々の運動もある。

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注: てこ

古代ギリシアアルキメデスは、てこを使用し、関連的に各種の発明をしている。 伝説によれば、彼は、「私に支点を与えよ。されば地球を動かしてみせよう」といったという。 また古代の兵器カタパルト等、いろいろなものに使用されてきた。

「てこ」の原理は格闘技における関節技にも使用されており、少林寺拳法でも重宝すべき原理とされている。

・・・・・・・・・・(ウイキペデイア)

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「てこ」、「重力」、「蒸気」、「核」、「算盤」、「真似る」、など、同じ「力」でも、扱いが違う。 例えば、「電力」や「情報力」には、元手が掛かっている?  バカも、休み、休みに言え。 他人のものを真似るにも、算盤を考え出すにも、努力・工夫と言うコストを掛(賭)けている。 全てどの微々たる発見・発明にも、日頃からの工夫、関心、努力、着眼、etc. と言うコストを掛けている。

 

翻って、問題は「真似ること」の自由、言い換えれば「進歩・発展」の自由が、何処まで認められるかにある。 逆に言えば、「真似させないこと」を何処までを「権利」として、自分の手に収めることが出来るか。 さらに言い換えれば、何処まで他人の進歩、発展を認める(妨げる)ことが出来るか、である。