鉄道大臣のひとりごと

老人ホームで過ごしながら徒然に考えたこと

威圧感

身体の大きさには、威圧感があります。 大きな(背の高い、デブ)な奴に、関わり合うと、私は残念なことですが、なんとなく自分の方が「劣等」であると感じてしまうのです。 腹が立ちます。 しかし、私の方の「劣等感」に問題があるとすると、誰をも責める訳にはいきません。

 

私には、アメリカ人の友達が何人も居ます。 以前、アメリカの会社に務めていたこともあり、ニューヨークに棲んでいたこともあります。 アメリカ以外の外国へも、何度も行っています。 でも、身体のでかい奴からは、威圧感を感じてしまいます。 どう考えても、腹が立ちます。 

 

考えてみると、相手が同じ日本人からでも、相手が大きいと威圧感を感じてしまうのです。 最近は、身体のサイズには、「特に」、注目しています。 発見は、アメリカ映画の中でしたが、身体のサイズが小さくても、大きな奴と、少なくとも外見上は、対等に渡り合ってる奴がいる(!)ことに気付きました。 

 

この映画では、ズラッとならんだ、身体の大きなアメリカ人に囲まれた身体の小さなアメリカ人が対等に振る舞っているのです。 いや、むしろ身体の大きなアメリカ人が、小さなアメリカ人を対等に見ている(扱っている)と言うべきでしょう。 これは、もう身体の大きさの問題ではありませんね。

 

どうも、私自身を含めて、日本人には身体のサイズについてのコンプレックスがあることが、問題の根源にあるようです。 いや、根源は、身体のサイズにあるのではなくて、ある種の「差別感」にあるのじゃないでしょうか。 いや、いや、差別感と言うよりも、元々持っている「劣等意識」が、優越感を感じさせていると言ってもいいでしょう。

 

その劣等意識の根源を探っています。 未だ、わかりません。 類似の感覚に身分意識がります。 目上と感じる相手には、どうにも頭が上がらない、その感覚です。 これでは、「天は人の上に人を作らず」の人口に膾炙した福沢諭吉が唱えた民主主義も、「未だし」と言わざるを得ません。 その意味で、我々は、未だ、後進国民なのでしょうか?