鞍馬天狗

夢寐のたわごと

文章の推敲とワード(パソコン)

推敲(すいこう)とは、文章を何度も練り直すこと。 唐代、都の長安科挙(官吏の登用試験)を受けるためにはるばるやってきた賈島(かとう)は、乗っているロバの上で詩を作っていた。その途中、「僧は推す月下の門」という一句を口ずさんでから、「推す」のほかに「敲く」という語を思いついて迷ってしまった。彼は手綱をとるのも忘れ、手で門を押すまねをしたり、叩くまねをしたりしたが、なかなか決まらなかった。あまりにも夢中になっていたので、向こうから役人の行列がやってきたのにも気づかず、その中に突っ込んでしまった。・・・・(ウイキペデイア)

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我々の言い方で言えば、これは「車上の消しゴム」だな。 安全運転に注意しないと、他の車の列にぶつかるよ。 運転中のスマホ操作はもちろんのこと、車上のノート取りは、危険だね。

 

ここで、私の文章の作法をご披露します(お役に立つなら、是非ご利用下さい)。

文章を推敲するためには、室内で(!)、パソコンのワードを使って文章を練れば良いのです。 パソコンは、消しゴムなしで、何回でも書き直しが利くから極めて便利です。 

 

文章を書き上げるについては、名文だと感じている文章家(小説家、随筆家、他)の文章を手本に、自分が書いている文章から、余分の言葉、余分の表現を、削り、また、書き加えます。こうした書き直しを繰り返している内に、関連して別の良いアイデアを付加的に考え付くこともあります。 そうして考えついたアイデアは、別紙(パソコン)にメモ(保存)し、後日のために残して置きます。 なお、「名文を手本にする」と言っても、名文を取り出し直に比較するのではなくて、頭の中で名文を想像し(真似て)、それをなぞらうのです。

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なぞら・える〔なぞらへる〕【準える/准える/擬える】

  • ある物事を類似のものと比較して、仮にそれとみなす。 擬する。 なずらえる。
  • まねて作る。 にせる。 なずらえる。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

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場合によっては、書いている内に、書いている文章とは、全く別のテーマに思いが至ることもあります。 そんな時は、潔く(いさぎよく)進行中の(現在書いている)テーマを離れ(一時中断して、保存して)、別のテーマの方へ移って行っても構わないと考えます。 その意味で、パソコンの保存機能は役立つと同時に、ワードは簡単に書き直し、修正が利くので、発見的(探求)学習に繋がります。 その探求のプロセスが、さらなる学習(推敲)の面白味を感じさせることもあります。

 

こうしたプロセスから生まれる新たな面白味が、私を一層の探求、勉強を励むように仕向けます。 閑話休題: その後は、「書き直す」、「書き加える」、々々、の連続です。 この連続を重ねれば重ねる程、文章が「練れて」来ます。 途中、「未完のまま(半練り)」リリースしてしまうことがありますが、「取り返し」の利く時は、既にリリースした文章の「後追い」修正です。 後追いが利かなければ、やんぬるかなと「諦め」ます。

 

更に、もう一つ。 麹(こうじ)などの熟成に、「寝かす」というプロセスがありますが、文章にも同じプロセスがあるようです。 文章を書いて、直ぐにはリリースしないで、その文章を少しの間「寢かせて置く」と、思いがけない後追い発想を得ることがあります。 「これだ!」。 文章を書いている間中、なんとなく、しっくりこなかった感じが、突然に満たされることがあります。 その感じは、貴重です。 是非、メモって後日の活用に備えるなり、即座に作文中の文章へ取り入れるなりして、活用して下さい。 

 

「後悔、先に立たず」。 後追い発想と言えども、そのままに放っておかないで、保存(記録)しておくべきなのです。 なお、保存記録が増大しすぎて、保存記録の「虫干し」が必要になってくることもあります。 こうなると、「断捨離」も必要になってきます。 保存量にもよりますが、月に一回ぐらい、保存倉庫を点検(吟味)して、断捨離を敢行します。 断捨離の基準は、もちろん(自分」にあります。 自分にとって、どれほど、何時まで、役に立つかです。

 

ところで、作文にあたっては、現代の、昔の、言葉や表現に関わる語彙、表現の種類、などを心得ていることが、大事です。 この言葉と表現に関わる蓄積が物を言います。 この蓄積を豊富にするためには、実地見学(外出、旅行、etc.)、広汎な読書、観劇、テレビ・新聞・雑誌、諸文献の閲覧が必要だと思います。 以上は、決して私自身が持つ識見、体験、学習、などの広さ、深さを、偉ぶって述べているわけではありません。 率直な感想のつもりです。

 

また、私の作文には、いうなら「反面教師」、「当て馬」、「鏡」、「太鼓」とも言うべき人物が居ます。 軍師と言っても良いでしょう。 その人物には、おりにふれ、私の文章を「検閲」して貰います。 ひょっとしたら、厚かましいようですが、軍師の方では、この検閲作業を「切磋琢磨」と考えてくれているかも知れません。 その人物とは私の子供です。 「老いては、子に従え」と言いますが、「新規な情報」、現在の「鷹の目」を得るには、やはり、若いもんの力を借りるべきです。

 

後述:この文章(ブログ)も、「後追い修正」するかもしれません。