鞍馬天狗

夢寐のたわごと

老人(高齢者)ハウス

 鉄道駅や公園の片隅で、日が落ちてく暗くなっても、ベンチなどに寝ている見窄らしい(みすぼらしい)人々を、世間ではホームレスと呼びます。 彼らは、ハウスレスであるのみならずホームレスでもあります。 つまり、家も無ければ、家庭も持たないのです。

 

最近の老人ホームに住んでいる老人たちは、住処を持っていますから、ハウスレスではありませんが、老人ホームの住人は、家族なり、親戚なりから、離れて借家に住んでいますから「ホームレス」です。 ホームレスであるとは言え、一般に、身元引受人(この名称は刑務所の囚人についてのそれように響きますが)、ないし、保証人として、家族なり、親族なりが、主として、委託料金支払を通じて、遠くから、老人ホーム居住者をバックアップしています。  

 

シャープな読者は、ここまで読んで、既に私が言おうとしていることに気付かれたと思います。 その通りで、現代の老人ホームは、「ホーム」という呼び名を掲げていますが、実情は「老人ハウス」になのです。 ホーム(家庭)が、家族が抜けているのです。 家族は、身元引受人として他所に居るのです。

 

老人ばかりの(それも、多くは傷ものの老人)寄せ集めたのが、老人ホームの実態です。 健常な老人の多くは、家族と一緒に住んでいます。 老人ホームには、何らかの理由で、家族と一緒に住めない老人が集められて(掻き集められて)住んでいます。

 

家族は、「団欒」という言葉が示す「温かみ」、「労り」を持って居ます。 それに引き換え、老人ホームの介護職員は、家族ではありませんから、ややもすると「温かみ」や「労り)に欠けることがあります。 ややもすると、「親は預けたくない」施設に成り果てます。 介護職員は、ロボットや言葉が満足に話せない外国人が、家族ではないという一事だけで、「代えることが出来ない」ことは明らかです。

 

家族が一緒でないことから、いろいろな問題、そして、利点、が発生します。 老人ホームでは介護職員が面倒を見てくれますが、介護職員が、家族メンバーでないために、言いたい苦情も、希望も、言い淀んで)しまうのです。 つまり、老人ホームでは、遠慮や配慮の気持ちが働いて、何事も自ママ勝手とは行ないのです。

 

翻って、突然ですが、私の聴力は衰えていません。 従って、補聴器の性能を自分で確かめたわけではありませんが、「補聴器」を付けている人たちからよく聞く苦情に、「音が聞こえるのは良いが、雑音まで聞こえてしまう」のでうるさいというのがあります。 「聞きたい音」だけを聞く「音を選り分ける」の機能が、補聴器には付いていないのです。

 

人間の脳は、聞きたくない、嫌なインフォメーションは無意識に、聞いている情報から外して(選り分けて)しまうのです。 生活の上で、家族は似たような働きをして呉れます。 もちろんのことですが、聞いている当人の「無意識の機能が作用して」、さらには、家族側の遠慮なり、配慮なりがプラスされて、「当人が望む(欲しがる)」情報なり、事象なりを、テイラーメイドに選別して、当人の耳に(目に、口に、etc.)届けられます。

 

世間には、当人にとって良い情報(事象)、悪い情報(事象)など。 いろいろな情報、事象が飛び交って居ます。 物事の良し悪しは、関係する人間の立場で決まりますから、音の選別は、自ずから(おのずから)、当人自身に任せられていることになります。 人毎に異なる性能を持つテイラーメイドな補聴器は、まだ発明されていませんから、聞きたい音だけを聞き分ける補聴器を求める事自体が、無理なのです。

 

同じ様に、住みたいように住むことの出来る、住み分け可能なテイラーメイドな老人ホームは、まだ存在しません。 家族(子どもたち)と一緒なら、ある程度まで許される自由勝手や甘え、怒りの表現も、団体生活を営む老人ホームでは、容易には許されません。 しかも、面倒を見てくれる介護職員には、家族ではありませんから、痒い、また、痛いところへ手の届く介護は易々とは、求められません。

 

老人ホームへのIT化(ロボットを含めた)が囁かれていますが、当分は無理でしょう。 ロボットは、金属製か、せいぜいプラステイック製でしょうが、金属やプラステイックに「温かみ」や「労り」を期待しても無理です。 仮に、生身の人間を教育訓練したにしても、当該に老人の気分、感情、体調、顔色、まで考慮してテイラーメイクすることは、難しいでしょうから、老人ホームのIT化には、私は悲観的です。

 

そもそも、人間(老人)を、他人に預ける事自体が、「緊急措置」なのでしょうから、完璧を期待してはいけないのです。 何処かに、不満要素が紛れ混んで来る筈です。 老人ホームへの介護「委託」は、やがてくる筈の死出の旅へのオリエンテーションと心えて置くべきでしょう。 増え続ける高齢者の数を思えば、このようなオリエンテーション・トレーニングへの準備して置くべきなのです。 誰もが、老人になります。 誰もが死んでゆきます。 いずれにしても、老死は、必然です。

 

老化へのオリエンテーション、そして死亡へのオリエンテ-ションは、全ての人間に必要なのです。 ところで、誕生に際しては、オリエンテーションは、ありませんでした。 準備の期間もありませんでした。 突如として、目の前が明るくなり、この世へ飛び出たのでした。 それ以前は、両親、先祖のことは、別として、何もない空虚であった筈です。 あなた自身が関与する限り、誕生と死は。長い(?)生涯の両端の断面です。 

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涯[常用漢字]=[音]ガイ(漢)
1。 水ぎわ。岸。 2。 遠い果て。限り。 3。 終わりに至るまでの間。 デジタル大辞泉

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断面は、空虚で、長さの無い、拡がりだけのものです。 文字通り、あなたの人生の「崖(涯)=果(はて)」から果てまでが、一生でした。 誕生と共に、長さが、繰り広げられ始めました。 人生が始まったのです。 人生の発端後暫らくは自意識がありません。 しかし、あなたは存在しました。 あなたの「主体性」が存在したのです。

 

誕生直後は自意識の背後に、主体性があって、その自意識が、「自分」を形成し始めます。 死と共に、あなたの自意識(自分)と主体性は消滅し、後世に残されます。 生前のあなたを支配し、後世に残るものは、主体性だったのです。  このように、自意識は、あなたの「生きている」証拠だったのです。

 

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