鞍馬天狗

夢寐のたわごと

法を恐れるな、法を司る(つかさどる)を恐れよ ―法は轅(ながえ)のようなもの、舵取り次第でどちらへも傾くー

表題の諺は、帝政ロシア時代の諺をもじったものであるが、帝政ロシアの皇帝(ツアーリ)は、絶対権力を持っていた。 国法は、一応設定はされてはいたものの、実際は、適用の権力は皇帝の手にあった。 しかも、皇帝は法を、日常茶飯の事として曲げていた。

 

現代でも、国変われども、事情は全く変わらない。 事情を知らされぬままの国民は、議員を選出して政治に遠くから間接的に政治に関わるが、選らばれた議員の何人かがより集まり、多数を制して国の法を定める国会を支配し、守るべき法を歪めたり、新設したり、を勝手に行っている。 

 

帝政ロシアのツアーリを、現代の事情を知らない愚民が選ぶ多数(?)の議員に置き換えれば、この諺は、現代日本の事情にも通用する。 法を作り、司る者とは、すなわち、多数を制する「歳費と議員手当」に目の暗んだ「ならず者」の集団である。 このような政治のあり方を、世界では「ポピュリズム」と呼ぶ。 選出という民主的手段の名を借りて、「専制」を行う非民主的手段である。

 

ならず者集団は、多数の力を持って、恣意的に「法」を作る。 しかも、そうして作った法を、さらに名目をも作り、嘘で固めて「轅(ながえ)」のごとくに、自分たちの都合に合わせて、どちらへも曲げる。 ならず者(ツアーリ)を恐れよ。 ならず者を許すな。