鞍馬天狗

夢寐のたわごと

感ける(かまける)

人は、ほとんど例外なしに、自分のことにかまける。 言い換えれば、殆どの場合、他人のことは顧みないのである。 他人のことにかかずらわる事ができるとすれば、「余裕」があるときである。 どんな「余裕が?」。  心か、金(財産、などは、大抵金に換算することが可能)か、に余裕があるときである。

 

昔から使われる表現に「他事ながら~」というのがあるが、「他」のほかに有るものは、「自」であるから、「自分のことに感ける」ことは、昔から天下御免の事情だったのかも知れない。

 

ことほど左様に、人間は、自分のことにこだわる。 仏様でもない限り、すべての人間の「視点」は、ミーファーストである。 もし、他人のことに世話を焼く奴が居るとすれば、そ奴は十中八九「偽善者」である。 本当に「自事にかまけることなく」、他人事に心を砕く人がいるとすれば、その人こそ、誰にも代え難い聖人であり、その人こそ、この国の内閣総理大臣の頂きたい方である。

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かま・ける :【感ける】

  • あることだけにかかわって、ほかのことを顧みる余裕がなくなる。

2.心が動く。感心する

3.ぐちを言う。なげく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ウイキペデイア)

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ミー・ファーストの傾向は、なにも、人間に限ったことではない。 すべての動物に共通する天与の性質である。 「自分に拘って、何が悪い?」  もちろん、悪くはない。 しかし、「良くもない」。 ただ、自然なだけである。 人間は、自分たちのことを「万物の霊長」と呼んでいる。

 

人間には、知性が備わっている。 情も、備わっている。 「知に働けば、角が立ち」、「情に溺れれば、流される」かも知れない。 だが、人間は道徳とか、倫理とかで、自分たちを、人間社会で「窮屈に生きる」ように仕向けている。 人間は、人間関係とか、義理とか、人情とか、人間社会にいろいろなルールを立ち上げて、自からミイ・ファーストを制約している。 これは自縄自縛と云うやつだな。

 

[自縛]テロは、人間のみが行えること。 戦争は遠くなった。 しかし、特攻精神は、いまでも欲しい。 自爆ならぬ、自縛で良いから、世間のルールは守りましょう。