鞍馬天狗

夢寐のたわごと

賢者も、馬鹿者の知恵を借りる

以前に、年齢の壁について述べたことがあると思う。 要点を振り返れば、私は、90歳を目前に控えているが、大方の著名人(歌丸加藤剛、某々、某)は85歳を目前に次々と死んで逝く(言うなかれ、私が著名人でないことを。 左様なことは、先刻承知である)。 とまれ、「80台(?)でも掛けられる(生命)保険」も、その実、掛けられるのは85歳止まりである。 85歳以上は、保険屋にも諦められている。

 

85歳以上の長命を楽しんでいると、色々なこと経験する。 「年の功」という言葉はあるが、この言葉の意味は、「老人(先達)の知恵」に限るものではない。 若者(敢えて、馬鹿者と呼ぼう)の知恵も含む。 若者(馬鹿者)には、先進の知恵がある。 最高の例が、「デジタル」と云う名の化物である。 

 

一つの例を上げれば、最近の猛暑続きでエアコンを使う向きも多いと思うが、日本の湿気と気温の高さに耐え兼ねて目盛りを「ドライ」にするのが良いのかと思えば、馬鹿者の云うのには「冷房」の方が、効果的だという。 言われた通りにやってみると、なるほど、と頷かざるを得ない。

 

近頃は、デジタルに慣れていなければ、飯も食えない。 巷間のレストランの献立、料理注文法、など、やたらにデジタル化している。 街を歩くのさえ、デジタルして歩く馬鹿者も多い。 老化していると、公共の建築物の廊下も、ウカウカとは歩けない始末である(「病院内では、携帯電話は使わないで下さい」どころではない)。

 
先日も、狭い道路の急ターンを車でターンしようとしたら(俺は運転していなかった。 いやさ、出来なかった。 運転上手の馬鹿者が運転する車の助手席に乗せて貰っていた)、ターン目前に「歩きスマホ」の馬鹿者が突然に現れた。 さすが、運転上手、事なきを得た。 とは言え、馬鹿者同士、事が起これば、大事になる。

 

知恵は知恵。 世界が変われば、知恵も代わる。 先達の知恵も、先進の知恵に叶わないこともある。 「老いては、子に従え」とは、良くは言ったもんだ。 賢者も、馬鹿者に従え、と云う訳だ。