鞍馬天狗

夢寐のたわごと

文筆と言語(方言)蝸牛考

以前より、江戸城開城に当たって、「薩摩の田舎から出てきた田舎っぺの西郷隆盛とシャキシャキの江戸っ子の勝海舟が、どのような言葉を使って談判したのか? という疑問を抱いてきた。

昨晩、テレビを見ていて、その一端が解き明かされたような気がした。 私の今までの推測は、おそらく、双方の方言では、詳しい意思は伝わらなかっただろうから、「文筆」で補っただろう、とう言う考えであった。

ところが、実際は知らないが、鹿児島、九州の果、でも、中央の言葉(京言葉)
が用いられた可能性もある。 テレビを見ていて、私が気付いたのは、東北の民謡に「京都言葉」が盛り込まれていることである。 気付いたのは、民謡の中に盛り込まれている「~せないかん」という言葉であった。 そう言えば、友人の説明から、多くの京都言葉に似た言葉が、北海道弁にも含まれていると聞いている。


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蝸牛(かぎゅう)とはカタツムリのことである。柳田國男は日本全国のカタツムリの方言(呼び名)を調べたところ、カタツムリの方言は以下の表のように京都を中心とした同心円状に分布しているという事実を発見した。

・・・・・・・・・・・・・(ウィキペデイア)
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せご(西郷)どんと江戸っ子の勝海舟が、文筆と京言葉に近い言葉で渡り合ったとしても不思議はない。 文筆と京言葉による補完なら、なんとか渡り合える筈である。 なお、実際には、下相談が事前に行われていたので「談判」もクソも無かったようである。 会談中は、西郷のあの大きな目で睨みつけ、ただの「にらめっこしましょ」、だったかもしれない。
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三月九日、山岡鉄舟慶喜恭順の意を伝えるべく勝の書を持って西郷を訪ね、山岡の決死の覚悟に西郷も交戦は避ける方向で対応する姿勢に変わり、三月十三日と十四日の二日に渡り勝と西郷が会見して、慶喜恭順の条件について、取り決めをしました。

・・・・・・・・(ヤフー情報)
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これで私の長年の疑問は,解けた。 胸にしこりを残すのは良くない。 一つの情報に拘るということは、大変なことだ。 少なくとも、私にとっては。