鞍馬天狗

夢寐のたわごと

幻(まぼろし)

徒然なるままに思う。 現前するもの以外は、全て幻である。 言い換えれば、主観である。 今は亡き父母も、故郷も、友垣も、全て幻の世界に存在する。 現実は、目前だけに存在する。 ♬幻の~陰を慕う♬のは、自分であるが、慕っているものは幻である。 我々は、幻の世界に生きてはならない。

幻と手を結び、争い、焦がれる、懐かしむのは、空虚であり、ムダである。 常に、自分の主観と手を結び、争い、焦がれ、懐かしんでいることになるからである。 それは、自己満足であり、写真(自分のコピー)と手を結び、争い、焦がれ、懐かしむようなものである。

写真(幻)は、将来を考え、自らを振り返って、社会に向かうことの参考にはなる。 しかし、それ以上のものではない。 確実な将来は、自ら作り出すものである。 着眼、創造は、自分の内にある。 外にはない。 幻に向かっても、それは空撃ちになる。 

生きることは、将来に向かうことである。 生きることは、自らの存在を主張し続けることである。 幻に拘っていては、「生」は主張できない。 幻は、寫眞帳(アルバム)に残しておくだけで良い。