鞍馬天狗

夢寐のたわごと

網目(あみめ)

網には範囲があります。 その範囲に、閉じ込められたものならを抑えることは出来ます。 だが、網には目があります。 詐欺漢はその目を潜ることは出来ます。 しかし、網の外へ逃れた詐欺漢を捉えることは出来ません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
網の目を潜る(くぐる)
1. 捜査網や監視からうまく逃れる。「―・って海外へ逃亡する」
2 .法律・規則の盲点をついて悪事を働く。違法行為とならない方法であくどい事を行う。

・・・・・・・・・・・(ウイキペエデア)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

近頃の詐欺のやり方を見ていると、常に、網の目の外へ、外へと考えの羽を伸ばしているように思えます。 被害者を守ろうとする警察は、多くの場合、犯人を求めて、網を張り、網の目を探っているようですが、敵は悪賢く、網の目どころか、網そのものの外で、外で、と出没します。

これは、為政の法律、方針、方策の決め方や施行の仕方にも、ある程度まで当てはまるようです。 事態は、刻々、渺々変転万化します。 その変転万化する実相を抑えようとするのですから、施策は否応なしに、「後追い」になります。

このゲームは、我々が宇宙の外を探ろうとするのに似ています。 我々は、宇宙の外に、常に、何が有るかを探し、求めています。 このようにして、常に、「その外は?」と探求し続ける思考の落とし穴に落ち込むのです。 

泥棒と警察の関係は、常に、「追掛けっこ」です。 為政と市民の関係も同じです。 常に、「後追い」施策で、市民は悩まされます。 これが災害、事故後にお渡しする香典(ご仏前、ご霊前)となると、取り返しが付きません。 本人は、網の目の外もいいところ、この世の外へ逝ってしまっているのです。

こうなってくると、必要なのは、「神(天)の目」だと分かります。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

天網(てんもう)恢恢(かいかい)疎(そ)にして漏(も)らさず 。 天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。 悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・(出典:老子73章)