鞍馬天狗

夢寐のたわごと

機転(臨機応変)

老人や子供(幼児を含む)の身体には、「変」が多い。 突然に、様態が悪くなることも日常のことである。 変に応ずる必要度が高いのは、天変地異、災害の多い日本では、なおさらと言えよう。 こうした「変」に応ずるには、「機転」が必要である。 老人、幼児の介護に当たる人達にとっては、もちろん、誰にとっても「機転」は、極めて重要な資質である。

ところが、「機転」は容易に働くものではないし、容易に教えられるものでもない。 「機転」の利かない人を、世間では「ばか」、「あほう」と呼んだりする。
だが、如何に世間に馬鹿や阿呆が多いことか?  言うまでもないことだが、老人ホームや保育園に働く人々には、機転が必要である。 馬鹿じゃ務まらないのが、老人、子供の面倒を見る職業である。

機転は、高等教育とは関係がないようだ。 大卒で、機転の効かない人も多い。
学問にいくら励んでも、機転は学べない。 これを学ぶには、「経験」が一番なようだ。 先日、新聞、テレビを騒がせた山口県の失踪した2歳の幼児を探すに当たって、家族を含めた数十人の人が探しても見つからなかったのに大分県から出てきた80歳近い老人が、わずか20分で見つけたが、彼は子供は、下へ向かわず、上へ向かう傾向があると経験的に知っていた。 そんな事を、大学で教える筈がない。

しかし、「事に望んで、変に応ずる」知恵でも、やりよう次第で、教えられるのでは無いだろうか?  この知恵は、災害の多い日本では、是非、誰にも学んで貰いたい知恵である。 誰か、この未知(道=経験)の組織的学習法を見つけ出してくれる研究者は居ないのだろうか?  経験だけは、「お坊ちゃん育ち」には、贖えない。 当面、これを学ぶ方法(?)としては、辛苦、辛酸、長い年月を掛けた苦労、重なる不幸、ぐらいしか、思い当たらない。 もっと簡易な「機転学習法」を、世に早急に知らせたいものだ。