鞍馬天狗

夢寐のたわごと

機転を学ぶ

機転は、心が動転していては利かせることが出来ない。 機転には、冷静な心組が必要である。 冷静を保つには、心の落ち着きが必要である。 心の落ち着きは、心のゆとりから来る。 セッツイテ(心が急いで)いては、駄目なのである。 ゆっくりとした慌てない「ゆとりのある心」」が、機転の前提となる。
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あわ・てる 【慌てる・〈周章〉てる】
1. 思いがけないことに出くわして、落ち着きを失う。 驚きうろたえる。
2.ひどく急いで事をする。
三省堂 大辞林
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「慌てない」は、「冷静」、「落ち着き」の反対であるが、これを我が物とするには、「ビックリせず」、「物事に動じない」心組が必要である。 日常、何事にも
「ビクビク」し、物怖じしているようでは、冷静さを保てる筈がない。 「大胆さ」、これが落ち着きの元らしい。 「大胆さ」を克ち取るには、大胆の根源、死をも恐れぬ覚悟が必要である。

死をも恐れぬ覚悟とは、日本伝来の「安土桃山時代までの武士(侍)の精神」に他ならない(?)。 これを言い換えれば、昔よく言った「大和魂」である。 と言って、必ずしも死に急ぐ必要はない。 大和魂は、必ずしも「玉砕」を意味するわけではない。 「生きて恥を曝す覚悟」も、心のゆとりを示すものである。 

機転は、「心のゆとり」から来る。 今日この頃のサラリーマン、ビジネスマンの忙しく日々の「生」活に追われる心や日々の生活に窮々とする路上生活者の心、年中ビクビクしている犯罪人の心からは、到底生まれる筈のない「心のゆとり」が機転を生み、育てるのである。 言い換えれば、「心に暇を与える」、これが「当面!」考えることの出来る機転を生み出す秘訣ではなかろうか?