鞍馬天狗

夢寐のたわごと

大資本

私が住んでいる老人ホームは、入居した当初は中小企業の一つであったったらしいが、死病を病んでいた私の家内は、自分が死んだ後、ボケた父親の扱いに子供達が困るだろう考え、この有料介護付き老人ホームと契約した。 

その頃、大企業の老人ホーム事業への参入が始まった。 ワタミ(?)や某中銀行、その他、畑違いの企業が、続々と「老人ホーム事業は儲かるぞ」、と混入してきた。 私の老人ホームの親会社(?)も、既得の権利は保証するからと入居者の気持ちを和らげながら、建築、工務の事業を別に抱えているのに、どたどたと顔を出してきた。 その頃は、どの産業でも、「ホールディングス」と云う名の巨大資本化を進めていた。

あれよあれよ、という間もなく、デブになれない私を含めた痩せっぽちの個々人は、巨大産業に押し潰されそうになった。 ボケがだんだん治ってきて、今少し良い条件の老人ホームへ転居しようとしても、大企業らしい勝手な条件を押し付けるので、貧乏な個人は容易に、移れない。 何も、貧乏人をいたぶる必要もなかろうに、と思うのは、貧乏人の浅はかさ。 彼奴らは、俺たちがやっているのは、「慈善事業」じゃない。 俺たちの事業は「儲ける為」のものだ、とうそぶくばかり。

そのとおり、個人は、「儲け」の対象では有っても、「払い」の対象ではない。
ホールディングは、「ホールド」するためのもので、「ホールドアップする(お手上げになる)」わけには行かない。 斯くて、今日に至るも、大企業の「締め上げ」の動きは、緩む気配がない。 それどころか、ますます「締め上げよう」とする気配すら見える。 と言って、仲間同士の締め上げもさることながら、一番締め上げ易いのは、入居者であり、その入居者を人質に取られている家族である。 

資本主義は、貧乏な個人の敵である。 民主主義と資本主義は、同じではない。
一方で民主主義を唱えながら、他方で資本主義を振り翳すのは、自己撞着も甚だしい。