鞍馬天狗

夢寐のたわごと

母は強し

私の遠い昔の記憶では、僅か一年ほどの差で、「少年航空兵」になり損ねた。 その頃は、「お国のために」潔く(いさぎよく)死んでゆくことが名誉と考えられていた。 遠い記憶なので、正確に何歳で、「特攻隊員」になれたのかは、良く覚えていないが、今日の選挙権取得と同じ年齢、18歳、ではなかったと思う。

子供心の教えられたのは、前線で戦死する、又は突貫の間際は、「天皇陛下万歳!と叫べ」、だった。 だが、私は、90歳近くなった今も生きている。 有り難いことに、兵隊になれなかったからだ。 人(ひと)から聞いたことだが、実際は戦地で「玉砕」する兵隊たちは、「天皇陛下万歳!」ではなくて、「お母さん!」と叫んだという。

そりゃぁ、女々しい? とんでもハップン! 一人一人の兵隊たちの心には、「母の面影」が宿っていたのだ。 今もなお、涙を誘う映画、テレビドラマ、物語は、「母物」である。 残念なことに、「親父物」は少ない。 親父は、雄々しくあらねばならない。 「俺りゃ、男だぜ」と力んで見せる「見栄」の塊が男の命だ。 今日のパワハラも、この流れを汲んでいる。

しかし、考えてみると、総じて、母の方が父よりも、世に、圧倒的に出しゃばっている。 なぜ? 「産んでくれたから?」 そうかもしれん。 男女差別廃止を叫ばれる諸賢は。この事実を如何に受け止められる?