鞍馬天狗

夢寐のたわごと

老人ホーム生活の利点

有料介護付き老人ホーム(以下、単に老人ホームと呼ぶ)の不自由な生活にも、いくつかの利点がある。 お金を払ってお願いする「介護」は、自立者、並びに軽度の要支援者にとっては、勿論、不自由(拘束=お節介)そのものだから、「介護」は利点と数えられない。 敢えて利点を探すとすれば、老人ホームの「弱点」の裏返しがそれだといえるかもしれない。 

老人ホームに住む老人には、原則として「身元引受人(つまり、介護を依頼する保証人:通常は家族なり、親戚の者が後見する)」が背後に控えて居る。 端的に言えば、有料介護付き老人ホームとは、家族ないし後見人がお金を払って(有料で)親なり、家族や後見人が何らかの理由で持て余した人なりの介護を依頼するための施設である。

従って、「自立した健常人「又は、軽度要支援者」を受け入れること」自体が、老人ホームの趣旨に反する。 にもかかわらず、老人ホームの入居(受け入れ)の資格(?)として「自立者、要支援、要介護、相談の上認知症患者」を挙げるのが一般である(行政もそれを認めている)。

ところが皮肉なことに、ここに住む老人は「自立」していない(出来ない)のが建前になっている。  つまり、ここに住む老人たちは、大なり、小なり、瑕瑾を抱えていることになる。 従って、財産や取り立てて言えるほどの金は持っていないと想定される。 その意味で、詐欺のターゲットにはされにくい。 いわば、ここに住む老人たちには、自然の詐欺防衛線が張られている。 外部からの煩わしい詐欺的攻撃から隔離されているのである。 このことは自立者にとっては、望外の利点である。

詐欺どころか、大抵の老人ホームでは、入居者各人は「固定電話」や「スマホ」を持たず、携帯電話で日常を過ごしているから、世間の煩わしい雑事からも守られている。 世間との繋がりはテレビ、新聞、見聞ぐらいに限られるから、いわば「受け身」の繋がりである。 言い換えると、彼らはお節介(介護)はされても、入居者仲間同士の言い争い、喧嘩は別として、自ら進んで世間へのお節介(例えば、ボランテイア参加)することはない(出来ない)。

さらに、通常は、団体生活を強いられ、夜は、消灯時間があり、睡眠時間も、ある意味で、強制されている。 半ば強制的に、「健康生活」を求められているので、健康長寿を「させて貰える」利点もある。

しかも、世間(外部)へ出ても、「老人ホーム居住」という(肩書があるため)他の高齢者同様、いや以上に、公共の場(例えば、展覧会場入場、XXXの催し参加、諸XX割引、etc.)で「敬老」の恩恵を受けることが出来る(愚弄される恐れもあるが)。

物事は、見様、受け取り方で、真価が決まる。 喜びも、悲しみも、心の持ちようである。 「家に帰りたい」と嘆く老人を見聞きし、我が身の幸せを感じられるのも、老人ホーム生活の利点である。