鞍馬天狗

夢寐のたわごと

正気(しょうき)

再び、念を押す。 私は、素人である。 しかし、年輪を経ておる。 しかも、未だ、正気を保っておる。 この系列の館(老人ホーム)の何箇所ヶに渡って、20年近く住暮楽している。 この館には次々と、新しい人が入ってくる。 新たに入ってくる人の多くは、正気を失っているか、失いかかっているかである。 本当に、正気を失ってしまうと、気心が知れなくなってしまう。

正気を失った人々、失いかかっている人々が、集まっていると、容易に話し合うことができない。 仮に、正気を失った者同士が、折衝し遭っても、正気の沙汰ではない喧嘩、騒動に発展するか、物別れに終わるのが普通である。 未だ、正気を保っている私は、「危うきに近寄らぬ」方針を守っているから、始めっから「付き合い」なんぞという厄介なことに関わらない。

正気を保つ方法は、もちろん、正気を失った者とは付き合わないことであるが、その他に、独りで遊ぶという方法もある。 自分の好きなことを、好きな時に好きな場所で行う、という方法である。 これは楽しい。 この方法をとる内に、やっている事に上達してくるから、ますます好きになる。 「好きこそものの上手なれ」というあれである。

好きなことに集中していると、他の事や他人の事に関わる雑事には、関心が行かなるとともに、気も晴れるし、気が違うようなことも無くなる。 従って、他人の中に話が判る遊び相手が居るとしたら、その多くは「好きな事」を共有する友達である。

「気」の中心は「正気」であるが、この正気を巡っていろいろな事象が起こる。
正気の一番の友は、もちろん「本気」である。 この本気がグレると、嫌気が指したり、気が違ったり、狂ったりもするし、気持ちが悪くなることもあれば、悪気に変わったりする。 一番イケないのは、陰気になることである。

気は、健康のもとである。 正気に心を保つことが、生気を維持せしめる。
そう言えば、昔の歌の文句にもあった。 ♪ 見よ東海の空開けて、旭日高く輝けば、天地の正気(生気)溌剌と、希望はもゆる大八洲 ♪である。 陰気はイカン。 如何に年を取ろうとも、万難を排して、正気に戻るべきである。