鞍馬天狗

夢寐のたわごと

嫌悪(HATE)

過日、東洋の某国民の小集団(家族?)が、欧州の某国へ旅行し、その国のあるホテルへ予約時間(事前契約時間)の10時間(?)も前に、チエックインを懇請(?)した(この事実自体が非常識であり、契約違反である)。 ホテルの滞在客が一杯であったため、チエックインを拒絶(当然)した。 そこで、この小集団は、ロビーに居ることを懇請(?)した。 ホテル側は、この懇請を認めた。 

この小集団は、そのホテルのロビーで。意味不明の外国語を使い、高声で喚き合っていた(営業妨害?)ので、ホテル側は営業が妨げられることを恐れ、ホテル外へ退去することを、この小集団に求めた。 そのホテル側の要求(正当)を肯んぜず、この小集団はホテル・ロビーに盤踞(ばんきょ)し続けた。 そこで、ホテル側は、警察その旨を伝え、この小集団をホテル外へ退去せしめるのに助力するように求めた(これも当然)。

この小集団は、ホテル前の路上で、他人目も憚らず(日本的常識の反する)、泣き、喚き、暴れる(?)事態をさらけ出した(過剰な営業妨害)。 マスコミはこの事件を取り上げ、世界へ向けて報道した。 この某国の政府は、このホテル抱える某国を、外交的事件として取り上げ、抗議した。

以上の事件の経緯は、大抵の方が報道などを通して、ご存知だと思うが、私も我が国のある都市のホテルに滞在していた時、似たような苦い経験をしたことがある。 私は、この国は、同種の人が住む、しかも、古来から多くの教えを受けた国であると、理性では心得、尊敬していたが、この事件を見、聞きして、この国が嫌いになった。 今でも、理性ではこの国の、特に古代文明、文化を尊重しているが、感情の上では、この国が、特に現代のこの国が、「嫌い」である。 唾棄すべき国であると思う。

「一事が万事」という。 「味噌も糞も一緒」とも言う。 個別的事象でも、容易に一般化されて、理性も感性へ滲み込、頭で好きでも、心で嫌う、有様になる。 HATE(嫌悪=感性)は、差別(DISCRIMINAFION=理性?)とどう違うのか?  「ヘイト・スピーチ」と言ったりする。 しかし、おそらく大抵の人は「ゲジゲジ」は嫌いだろう。 と言って、ゲジゲジを差別すると云うか?  でも、ゲジゲジのような奴は居る。