鞍馬天狗

夢寐のたわごと

煙に巻く

煙は、恐ろしい。 「火」でなくとも、「煙」だけで死に至る。 最近は、煙を防ぐための頭巾まで、売り出されている。 我々動物は、通常、空気を吸って生きている。 煙を吸うことには、慣れていない。

我々の生活は、空気の中にある。 生活感のない煙の中では生活がなく、困惑するばかりである。 しかし、生活感のない数字がある。 ミリ、ナノ、ピコ、フェムト、etc.である。 これらの小さな数字は、想像もつかない。 我々の生活の中では、せいぜい「ミリ」までで、センチ(インチ)、メートル(ヤード)、キロ(マイル)、etc. それ以上になっては、想像できない。 天文学的数字という表現はあるが、「光年」を想像できる人は、天文学者以外にはまず居ない。

数字は、生活と共にあるのが普通で、生活感のない数字は「煙」と同じである。
煙に慣れない一般人を惑わすには、「煙」を使うと良い。 いわゆる「煙に巻く」
のである。 宝くじ然り。 一等、500億円なら、一般の凡愚は齧り(かじり)つく。 当たることの滅多にない一等めがけて、なけなしの100円、300円を投資(?)するのである。

最近、55億円で某大企業が、煙に巻かれた。 犯行の張本人は、国外に逃れたという。 なりすましの婆さんも、何某(なにがし)かのおこぼれを頂戴したようだ。 針の目をくぐる悪漢なら、凡愚の目に止まらず逃げることが出来る。 大きくても、小さくても、一般人の生活の目は中程にある。 最近は、この中程の目が拡がりつつある。

最近の生活の器具へ巨大数字が、忍び寄っている。 若者には、ようやく使いこなせても、敬すべき筈の高齢者の老眼には、こうした数字は止まらない。 しかし、巨大数字が背景にあって作用する器具、例えばスマホ、を訳もわからずに、若者は使っている。 しかし、巨大数字が関わるとなると、高齢者の年の功は全く活用不能で、スマホには及びもつかない。

斯くて、高齢者たちは、街中の高級レストランでは、飯も食えない有様で、貧相な「めし屋」でならやっと飯が食える。 科学の進歩とバックになる数字の高下への拡大も良いが、高齢者を「時代遅れ」にしないでもらいたい。 さもないと、時代に遅れる高齢者は、良い詐欺の餌食になる。