鞍馬天狗

夢寐のたわごと

歌心(うたごころ)

昔の歌謡には、その歌の裏打ちとなる実際に起こった事件や物語、小説、映画を題材にしたように思います。 そうした裏打ちのよって、作詞された歌の限られた文字から、それぞれの歌謡の裏打ちとなる小説、映画、物語、事件によって聞く人たちは、想像の羽根を伸ばし、喜怒哀楽を感じたものだと思います。

例えば、泉鏡花の小説「婦系図」を衣笠貞之助相良準が脚色、衣笠貞之助が監督、撮影は渡辺公夫が担当して映画化しました。 この映画の主な出演者は鶴田浩二山本富士子森雅之杉村春子、藤田佳子、中村伸郎などでしたが、小畑実と榎本美佐江の歌声で、鶴田浩二山本富士子の顔を思い浮かべ、うっとりと、自らを「江戸育ちの悲恋の主税」に託し、昔愛したお蔦の心情に思いを馳せ、演歌「湯島の白梅」を聞きながら涙を流したのです。

ところが、現代の若者が舞台や興行、テレビ放送で踊り狂うのは、「楽器音」が中心で、その音の背景となる「ストーリー」が無いので、喜怒哀楽が感じ難く、音の感覚のみでいわゆるフイーリングを楽しむものとなっています。

昔の人間に言わせると、現代の舞台・映像芸術(?)には、「厚味」がありません。 そりゃそうでしょう。 昔の人は、自分の人生を通じて感じた喜怒愛楽をそのまま聞く歌の中へ打ち込んでいるのですから、厚いのも当然です。

唄は世に連れ、世は唄に連れ。 お分かり頂けますか?


鞍馬の山中より飛び出てきた昔の人間より