鞍馬天狗

夢寐のたわごと

生涯現役

「生涯現役!」、これは誰の言葉だったけ? そう「生活習慣病」を言い出した
あの105歳で亡くなった大先輩、日野原重明氏、の言葉だった。 彼は、貝原益軒の養生訓にある「腹8分目」の向こうを張って、「腹7分目」も言い出した。 彼は、自分の言葉通り、死ぬまで、聖路加病院の理事長であったと聞く。 では、自分は?  恥ずかしながら、僅か89歳で、老人ホームでの独居暮らしである。 しかも、腹8分目どころではない。 適当に(?)食い意地が張っている。 

昨日のテレビ番組で、池上彰が言っていた。 日本の病院数、病床数共に、世界一。 だが、肝心の医者の数は、グ~ンと少ない。 悪い医者どころか、良い医者も少ないのである。 これじゃ、「病院通いは、金捨て通い。 病気治しは、手前持ち」、と言わざるを得ない。 ただ、喜ぶべきは、健康保険が行き渡っていることである。

「一病息災」と貝原益軒は言った。 私の場合は、万病四苦八苦である。 だから健康に大いに気を使う。 いくら万病でも、100歳の平均寿命ぐらいは、超えてみたい。 万病とい言いながら、時折、外出したりするから、どの病をとっても、微病である。 一寸、足の親指が痛いので歩き辛い、喉がエガラっぽいから風邪気味である、ひどく便秘気味である、云々の類(たぐい)であるが、大事に執っていないと大病につながる。 特に、風邪気味がイケない。 下手をすると死に至る。

ともあれ、一応は微災だと言える。 では、現役か? そうではない。 ご覧の通り、老人ホームで閑居している。 いや、閑居させられている。 現役を求めても、「押し込まれて」居るのである。 現役に戻ると、邪魔だと押し返される。 そう言えば、昔、サムライには「押し込み」と云う名の刑罰が有った。 老人は、刑に服すべきなのである。 然るがゆえに、居場所は此処しか無い。 

生涯現役は、健康のみならず、財、その他の環境条件に恵まれた者のみに許される状態である。 現今の社会、家庭は、老人の現役を許す状況にはない。 
高齢者は、税金と社会的気使いの乱費と無駄遣いの対象である。 日野原重明氏は、先の良く見える人だったと聞いている。 「生活習慣病」と云う名付けも彼が、最初に言い出したことだと聞いているが、その意味で、「生涯現役」も、先を見越しただけで、現実化には、まだ時間が掛かるのかもしれない。

生活習慣病」のネーミングは、彼自身が医者であリ、しかも実力も影響力も備わった模範的な医者であったから、比較的早くに世間で使われる実態を伴う言葉になった。 しかし、生涯現役の実現となると、社会構造、医療制度全般そして多くの人々の意識(文化)の改革を必要とするから、彼独りぐらいの力では、容易に果たしうる問題ではない。 

考えてみると、平均寿命世界一、かつ病院数、病床数の世界一を誇るこの日本の国で、医者の数が異常に少なく、しかもその医者を養成に当たるべき各地の医科大学で、入学者を差別し、入学者数を減らしているのだから、社会制度、人々の意識、等など、多くの点で「未熟」と言わざるを得ないが、「生涯現役」の観念と「生活習慣病」の観念を生み出した日野原さんの2つの先進的観念の一方の定着化と熟成が進み、他方が遅れているのは、皮肉である。 地下の日野原重明さんも、苦笑いしているに違いない。 誰かのお気に入りらしい表現、「ざっくり」言えば、日本は、明治以来100年以上も経っているのに、まだ「未熟」、いや「半熟」だと言えよう。