鞍馬天狗

夢寐のたわごと

患者(かんじゃ)

患者は、概してその道の素人であることが多いが、その道に通じていることをヒケラカシ易い。 例えば、病気がそうである。 患者に必要なことは、病気を治すことであるが、よくその治療のための「薬の名前」や「治療方法」を患者は口にする。 医者や仲間に、自分は斯く斯くの病気であると思うが、治療には、斯く斯くの薬なり、方法が良いと知っている、と嘯き易い。

もちろん、患者が口にする治療法なり、治療薬なり、が正しいこともあるが、そうでないこと、それ以外なり、それ以上の薬や方法なりがあることも多い。
医者は専門家である。 従って、患者の口にすることは聞き流し、自らが正しいと思う治療薬なり、治療法を進める。

患者が求める物が何であるかは別として、患者が必要とするものは、「結果」つまり「回復」である。 患者が口にする多くは、「プロセス」、つまり、治療の「方法」である。 言い換えれば、患者が口にするのは、「方法」であるが、必要としているのは、「結果」である。

医者は、患者が口すること(方法)は聞き流し、とにかく、患者に必要なこと(回復)へ向けて治療(方法)を進める。 どのような方法で患者を病気から「回復」せしめるかは、医者の薬籠中にある。 

本末転倒ということを言う。 患者は、転倒し易い。 従って、患者は、玄人振り(ぶり)たがる。 素人であるが故である。 自分が口にする方法が、正鵠を射ているときはそれを良しとし、医者が唱える方法が自分の口にする方法と同じであれば喜び、そうでなけれ口を閉じ、医者が進める方法で回復が得られなければ「藪医者である」と誹る(そしる)。 しかし、患者は医者ではない。 素人は、「玄人(専門家)には」なれない。 患者やいくら「振っても」、「無い袖は振れない」。