鞍馬天狗

夢寐のたわごと

敬譲の美(A)

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり。 されば、天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、云々」は、人口に膾炙せる福沢諭吉の言葉である。 従って、「威張る」、「卑下する」、はいずれも、この言葉に反する言動である。  必ずしも、福沢諭吉が全能であると考える訳ではないが、この言葉が人口に膾炙するが故に鏡としたい。

年の功故に、高齢者を尊しとはしない。 年若きが故に、若者が不要に「卑下する」もまた、美しとはしない。 万人は、皆同じ位なのである。 然らば、何故に、「敬」、「讓」を、美しとするか。 対等の関係に置いて、互いに敬い、譲り合うのを、美しとするのである。

高齢者を体力無きが故に「侮る(あなどる)」なかれ、若者を知恵が浅きが故に
「軽視する」なかれ、 位、権力を持つが故に、大とするなかれ、卑賤、貧しきが故に、劣るとするなかれ。 人間社会は、同等の生き物の世界である。 互いに敬し、譲り合い、相互に助け合い生存する事をもって、良しとする。

昨今の風潮を見るに、高齢者は、若者の軽率さを笑い、若者は高齢者の知恵の
無さき嘲笑うようである。 相互に「敬し合う」はもちろん、「譲り合う」気配
は全く見えない。

敬譲の美の徳が、疎まれているのではない。 敬譲は今も大切な美徳である。 敬譲は、自らを高しとし、卑しめることではない。 敬譲の意味が、「威張る」や「卑下する」に履違えられているのである。