鞍馬天狗

夢寐のたわごと

自分独り なぜ人生は寂しい?

ブッダ仏陀)は、「独生独死 独去独来」(大無量寿経)と教えています。 これは、「独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来たる」と読みます。
初めから終わりまで独りです。 人生が寂しいのはそこに原因があるんだ、ということです。
私たちは、独り生まれて、独り死んでいかなければなりません。 人生に誰も連れはありません。
生まれてから死ぬまで孤独な一人旅です。 だから寂しいんだといわれているのが
「独生独死 独去独来」です。
(ウエキペデア)
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これを、現代日本語に言い換えますと、「自分」が常に(何時も)世界の中心にあるということだ、と思います。 生まれた時も、人生そのものも、死ぬ時も、「自分」の立場、視点、考え、感じ、が中心であり、それ以外のものは、全て「他」であり、自分ではありません。 

しかし、決して、「自我」が「他」に「優先」する、「優れて」いるという意味ではありません。 元々、「価値」の問題ではないのです。 没価値的に、自分が、あるがままの状態で、世界の中心だと言っているのです。 自分を離れては、世界はありえないと言っているのです。

自分が無ければ、考えることも、触ることも、味わうことも、聞くことも、悲しむことも、生きることそのもの、もできません。  押して、自分なのです。

しかも、自立(自律)しなければ、その「自分」もありません。