鉄道大臣

夢寐のたわごと

朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり

【注釈】 ここでの「道」とは、物事の道理、人の在り方を意味する。
論語・里仁』にある孔子のことばで、人としての道を追求することの大切さをあらわす。 「あした」は元々「朝(あさ)」を意味した言葉で、「朝」と書いて「あした」と読む。 「聞かば」は、現代語の仮定法。「聞けば」とも。
【出典】 『論語

・・・・・・(ウイキペディア)
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自明のことであるが、「朝方に道順を教えて貰って、夕方に踏切で電車に跳ねられ自殺する」という意味ではない。 第一、孔子の時代に電車が走っていたとは思えない。

これは「道理が理解できれば、人生を全うすることが出来る」という意味だと思う。 この簡単な言葉が、私はもちろん、政治家、行政高級官吏などの国家・地方公務員、実業家、学者、など、いわゆる「偉いさん達(筆者は別として)」には、理解出来ないらしい。 その証拠に、彼らの乱暴・狼藉、詐欺、横領、贈収賄、などの悪行(業)、国民(世間)を裏切る杜撰な手抜き仕事、若者や女性に対する差別、が世間には跡を絶たない。
 
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(現)社会状況の中で商家奉公の傍ら「神・儒・仏」の道を独学・開悟した石田梅岩はその商いの体験から得た「信念」を社会に広く語りかけました。 その説く所は・・・・

宇宙の根源たる「道(理)」は万人に均しく天与されており、その天与されたものを「性」と言い、「性」は心の根本で「性」に従い活動して止まぬ、素直な心「本心」に従うのが商人の道、人の道である。それを知るには「心」を尽くして「性」を知らねばならない、と町衆に向かって日常生活の卑近な例を挙げてその「尽心知性」を易しく諭すが如く話して聞かせるものでした。  その中身は「正直・倹約・勤勉」を基盤にするものでした。 
石田梅岩:いしだ ばいがん、貞享2年9月15日(1685年10月12日) - 延享元年9月24日(1744年10月29日))は江戸時代の思想家、倫理学者。石門心学開祖。名は興長。通称、勘平。


孔子は、およそ2500年前の人です。 石田梅岩は、江戸時代(300年程前)の人です。 現代の我々は、未だ、2500年前のことが、実践できないどころか、300年ほど前に、石田梅岩が主唱した「正直、倹約、勤勉」すらも、実行できていません。 

現代の我々は、実践出来ないどころか、それらの道理を破っています。 もう道理を説くことは、無駄です。 道理の実践あるのみです。 どうしたら、道理が実践出来るか、を考えるべきなのです。

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為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり
上杉鷹山(1751~1822)
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やらないとダメ!!考えてばかりいないで行動しなさい!!という言葉です。 成果が得られないのはその人の努力が足りないからですよ。と諌めた言葉です。
上杉鷹山は、150年ばかり前の人です。 この大名は、潰れかかっていた領国の大名として、養子で入った人です。 その領国を見事立て直しました。 旧アメリカ大頭領、ケネデイが尊敬した日本の大名です。

日本には、偉大な先人がいました。 現代の偉(異)人とは異なって、偉大な仕事を成し遂げた人も居たのです。