鉄道大臣

夢寐のたわごと

耳障り

聞き慣れない言葉を聞くと、「触り」が良くない。 耳にザラザラする。 聞き慣れていると、少々、変化しても、「障り」にならない。 例えば、上に使った「耳にザラザラする」は、変化した言葉使いではあるが、私の誤認でなければ、あまり「耳の障り」にならないと思う。 

私のように、90年近くも生きていると、「真逆(まぎゃく))は耳に障る。 正反対の方が、使い慣れていたからだ。 こうした「耳障り」は、言葉そのものについてばかりではない。 言葉の使い方についても、「障り」になるものがある。 例えば、つい最近、テレビ上で聞いた「提案」がある。 言葉の「提案」は、誰もが知っている言葉だと思うが、「XXXXさむらい」というプログラム(映画?)を制作するに当たって、「XXXXを提案する」と使っていたが、この「提案」の使い方は、耳にザラ付く。

ザラ付く言葉(使い)の出現には、色々原因があると思うが、思いつく最大の原因は、①パソコンの多用、②英語(外来語)の氾濫、③ 略語の多用だと思う。 パソコンは、打ち手の意図に関わりなく、特定の言葉を打たせてしまう。
例えば、「する」と打っても、「刷る」にしてしまうし、「病院」を「美容院」にしてしまい易い、英語の氾濫では、ハラスメントは、「ハラ」で独り歩きしているし、略語では、SNSやIoT、 AI、IHヒーター、GAFAなどがある。

「歌は世に連れ、世は歌につれ」と云うが、「言葉も世に連れる」。 いや、それどころか、言葉の方が常用性が高いため、「連れ易い」。 爺、婆の頭の方が、固まり易いから、パソコン、英語(外来語)、略語の方を、始末するより仕様がない。 と言って、なんとか大臣には、たとえ「下らぬ職務」は部下(行政官僚)に任せるにしても、使う言葉と自分の頭の方をなんとかしてもらわないと、国政は任せられない。