鉄道大臣

夢寐のたわごと

四角い杓文字で、丸底の櫃をこそぐ

私は、いわゆる学者じゃない。 でも、日本の、特に若い学者たちに一言、申し上げたい。 日本は、長い間、そして今も、後進国です。 西欧の文物を輸入、翻訳、曲げる(盗み取る=パクる)、真似るなど、を通じて、先進諸国を追い上げてきました。 本来、外国の文物であるものを、日本の文物として置き換えると、色々な無理が生じます。

このことは、殆ど、全ての文物について起こります。 早い話が、正月にたべる「雑煮」についても言えます。 関西と関東の「雑煮)」は違うと言われています。 どう違うかは、地方、地方の歴史、過去、土地柄、等々によってのこととなります。 

でも、会話は、一応成立します。 「あけまして、おめでとうございます。 いいお正月でしたね。 お雑煮、食べましたか?」  「えぇ、頂きましたよ」。 「どうでした。おいしかったですか?」。 「えぇ、結構でした」。 この会話が、関西人と関東人の間で行われているとすると、この会話を通じて、双方の頭の中に描かれている{雑煮}は違う筈です。

同じことが、日本人と外国人の間の生活上の全ての文物について言えます。 マイホームと言えば、日本人は(♬ 狭いながらも、楽しい我が家♬ を連想し、アメリカ人は、広壮な大邸宅を思い浮かべていることでしょう。 何を取り上げても、生まれ育った環境なり、現に生活しているその環境なりが、当事者の頭の中に去来するのです。

具体的生活似ついてのみならず、抽象観念についても同じです。 日本の近代科学、学問一般は、西欧の歴史や文物に負うところが大きいと思います。 その故か、日本の学術書を読みますと、日本語として「こなれていない」言葉、ギコチナイ日本語、堅苦しい日本語、などが目立ちます。 例えば「・・・それを相補う働きが無意識内に存在することは、ユングがつとに認め、重要視してきたところである。・・・(某書=文庫)」という表現は、判らないことはありませんが、日本語としてはギコチなく、そして堅苦しいようです。

ギコチナイ日本語、堅苦しい日本語がイケナイという訳ではありませんが、そうなると、微妙な言葉のニュアンスや影、裏、が通じない事がります。 特に日本文化は、陰影に富むなどと言われるのでから、その陰影に文化の精髄が潜んでいる場合には、文化の「髄」が伝わりません。

さむらいが、太鼓叩いて「おてもやん」を踊るのは、「らしく」ありません。 その「らしくなさ」が、学術書にも散見されます。 いや、学術書ばかりでなく、その他の分野にも見掛けられますが、こう考えてくると、「翻訳」は元々、不可能なことなのです。 「描き下ろし」なり、英語で書いた新渡戸稲造の「武士道」なりが、本来の外国(?)文化移入(移出)なのです。

以前、何処かで書いたことですが、学習も、学問も、「真似ること」から始まります。 しかし、「ホンちゃん」は、他人のものでなく、自分のものであり、描き下ろしなのです。 私は、私なりに、浅見、浅学ですが、そのような学術書(主に文学系)や文学、小説、映画、のいくつか見て来ています。 そうした「ホンちゃん物」を味わった後には、本当に「旨かったぁ!」と感じることが出来るのです。

四角い杓文字で、丸櫃の隅をこ削ぐようなやり方、さむらいが上下付けて駕籠を担ぐチグハグなやり方では、翻訳はおろか、通訳もできません。 相手の気持ちになれないからです。 相手の世界と同じ世界に住まなければ、本当の意味での文化の移し替えや投影はできないのです。 では、元の文化を体験していなければ、「翻訳・通訳」は、本当に不可能なのか? 私は、近代科学が進歩した今日なら必ずしも、そうではないと思います。 高画質映画、その他の仮想現実(ヴァーチャル・リアリテイ)技術を通じ、相手の世界を体験し、想像力をストレッチすれば、その気と能力のある人なら、翻訳や通訳も可能だと思います。

いい例があります。 幕末の頃、土佐の漁民の子、万次郎は、アメリカで教育を受け、遥々日本へアメリカの使節団と一緒に帰ってきました。 日本幕府の高級役人とアメリカ人使節との橋渡し(通訳、並びに文書の翻訳)のためには、日本側が準備した通訳と万次郎と比べると、万次郎の方がはるかに優れていました。 しかし、幕府は万次郎を用いませんでした。 おそらく、万次郎が、アメリカ側のスパイではないかと恐れたこと、日本人通訳の能力が、万次郎に劣らないと考えたこと、万次郎の身分が低いこと、海外渡航の禁を破った犯罪人であること、などが、万次郎を用いなかった理由でしょう。