鉄道大臣

夢寐のたわごと

ある仮説(2)

ある仮説(2)

 

昔の日本には、立派な「魂」が有った。 「大和魂(やまとだましい)」がそれである。 この魂と竹槍で、「物量を誇る」敵国に立ち向かえると思っていた。 「量」よりも「魂」が勝ると思っていた。

 

物質は、終局のところ「粒(つぶ)」から出来ている。 原子、粒子、素粒子(電子、アップクオーク、ダウンクオーク)、と物質を細かく割っていくと、最終的に、物質は要するに「粒(つぶ)」だと判る。 つぶは数えることが出来きる。 物事を「数量化」するとは、言い換えると「数える」事である。 

 

翻って、「人魂(ひとだま=幽霊)」は別として、魂は数えられない。 大和魂も数えられない。 先の戦争、その後の科学の発展を通じて、「数量化」が人類に発展を齎す(もたらす)と判ってきた。 コンピューター然り、スーパーコンピューター、なお然り。 

 

数は力なり。 近頃は、本(文章)まで、数量化(電子化)出来る。 数量を誤魔化すことで、国家予算も、国民の年金も、何もかも、誤魔化す事ができる。

数を制する者は、世界を制す。 ぶつ、ぶつ言うなかれ、つぶ、つぶにしろ。

それが、あなたの将来を開く。