鉄道大臣

夢寐のたわごと

正論と政治

なにおいまさら「子供染みたことを!」と、責められる(笑われる)向きもあるだろうが、政治は正論通りには、動かない。 世界平和を一方で唱えながら、他方で軍備の整備・拡張の必要を叫ぶ(かつ、実行する)政治家、そして国家が多い。 その直接的原因は、「競争」である。

競争は、個人間のものであっても、集団間、国家間のものであっても、生物・人類社会に、そして生物全体に不幸をもたらす。 弱肉強食の自然界の法則が、人類の間に「勝てば、官軍」の気風を生み出し勝者と敗者に分かつが、その気風が勝者による権利独占を認める思想に繋がる。 人間に元々備わる「我」を第一とする気風と相まって、勝者に多くを、弱者に少なくと,不平等状態をもたらす。

不平等は、動物一般、そして人類に備わる自然の状態であるが、そうした不平等を、人間は自からに備わる理性の力によって克服しようとした。 それが、17世紀後半にイギリスに始まる啓蒙思想であり、民主主義であるが、民主主義においては、本来、人類の平等を唱える。 不平等に繋がる「競争(戦争)」は、民主主義の是とするところではない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
啓蒙思想(けいもうしそう、: Enlightenment, 仏: Lumières, 独: Aufklärung)とは、理性による思考の普遍性と不変性を主張する思想。その主義性を強調して、啓蒙主義
(けいもうしゅぎ)とも言う。 ヨーロッパ各国語の「啓蒙」にあたる単語を見て分かるように、原義は「光で照らされること」である。 

自然の光(ラテン語: lumennaturale)を自ら用いて超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促すという意味。

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここで一言;では、なぜスポーツでは「勝敗」を競う?  競争が備える本質的な非人道性を矯めるために、民主主義を信じる我々は、「スポーツマンシップ」なり、「フエアプレイ」なり、を強調している。 スポーツにおける勝者は、強者ではない。 スポーツの勝者は、相手(敗者)の肉は食わない。

現代社会、世界を見渡すと、理想論(正義)よりも、本来の人間性を踏まえた(つまり、勝敗を争う)傾向が強く表され、建前(理想=正義)よりも目の前の損得・利害で決着を付けようとする傾向が強い。 

特に、政治がそうである。 民主主義もさることながら、現実の政治は独裁であったり、駆け引きであったり、対話交渉であったり、正義の
論議を戦わす(民主主義)よりも、決着の為の決着、「万事を穏やかに済ますため」に取引する、その場の関係者の立場、「都合」、「妥協」、「調和」、「合意」を通して、万事をその場(限りで)穏やかに済まそうとする傾向が強い。

そうした状態を反映して、現代は、世界の各地で悲惨な競争(戦争)が繰り返されている。  勝者(強者)と敗者(弱者)が争っている。 しかし、現代の人類には、戦争以外に、人類全体として果たすべき大きな課題がある。 それは、後世へ「住み心地の良い」地球を残すことである。

思い起こそう。 国際連盟の舞台で、スエーデンの16歳の少女の正論が、世界の政治家を動かそうとした。  地球温暖化から、地球を救うために! では、他の我々も、地球を消滅から救うために、原爆を、原子力を無くそう。 エネルギー源は、他にもある!