鉄道大臣

夢寐のたわごと

スポーツマンシップと差別

今度のラグビー世界戦で、ラグビー発祥の国イングランドのチームは、第二位に終わった。 私は、その場に立ち会った訳ではないので真偽はわからないが、イングランドの選手たちは、貰った「銀」メダルを表彰台に上っても、首に掛けなかった、と報道された。 

第二位では、イングランドの選手の気には入らなかったらしい。ここで、一言注釈らしいことを言えば、イングランドのチームは、「白人」のチームであり、勝った第一位のチームは、旧属国の国のチームであったばかりでなく、「黒人」のチームであった。 余計かもしれないが、ここでさらに一言を加えると、白が黒に、宗主(主人)が属国(召使)に、勝負で負けた(劣った)と明白に示された「口惜しさ」も加わっているかも知れない(おそらく、口には出さなかった差別意識が働いていたであろう)。 ちなみに、8ベストの中に入った黄色の日本のチームは、そして日本中の人々が大喜びした。 

ワンチームの成果だというのである(差別意識を探ってみると、今回のラグビー大会では、一致団結さえすれば、小柄な黄色が大柄な白に勝つこともあり得ることの証明を得た)。

スポーツでは、「フエアプレイ」の精神、「スポーツマンシップ」が必要だというが、今回の世界ラグビー大会では、そうした「フェアプレイ」を言い出し、そして「ラグビー・ゲーム」そのものを発祥さえたイギリス人が、「フエアプレイ」が、肝心のスポーツの世界でもあり得ないことを証明したのである。 まして、一般生活の中での差別意識は、根強い。 差別意識は、容易に消え去る者ではない。 現に、いまだに自由平等の国の本山、アメリカ合衆国でも、その大統領からして、人間平等が「嘘っぱち」だと証明している。

「言うは易く、行うは難い」と、黄色い、未開の昔の中国人は言いました。