鉄道大臣

夢寐のたわごと

勝負(しょうぶ)

きそう【競う】
互いに負けまい、勝とうとして張り合う。競争する。 「技わざを-・う」 「人々は-・ってその本を買った」 「 - ・うて路を遮り候はば思う程太刀打して/太平記。 

大辞林 第三版
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保有率の高い国は、アメリカ合衆国。 アメリカは、間違いなく保有率が、そして銃による殺人事件が世界第一位だ。  他にも、 国民の銃保有率の高い国がある。 スイスがそうだ。 しかし、この国では銃犯罪が、極めて少ない。 他の銃犯罪の少ない国は?  日本だ。 日本の銃規制は、世界でも稀なほど厳しい。 

しかし、「銃撃戦」を楽しむテレビ・ゲームを作り出し、売り出し、現代でもそのゲーム販売数が世界第一の国は?  これも、日本です。

勝負を競う事は、全ての悪行の原因です。 その根本的理由は、勝負が、「人」と「人」の争いだからです。 勝てば官軍」という、故事があります。 誰もが、「勝つ官軍の側」に立とうとします。 負けることは「損」だからです。 「勝つ」意識は「負ける意識」との間には格段の相違があります。 格段という訳は、人と人が争うことは、「人格的価値」に関わる「人間としての価値・尊厳」にまで事が及ぶからです。

勝負はいけません。 勝負によって、人間としての価値に決着をつけようとする姿勢がいけないのです。 勝負自体は、弱肉強食の世界に生きる人間を含めた動物の世界では、本能的なことであり当然のことです。 従って、勝負行為自体に、事の是非を擦り付けるのは、いわば、万物の霊長としての人間の大失態なのです。 

万物の霊長であるからには、「勝負」を人間発展の手掛かりに磨き上げる必要があります。  問題は、勝負の「基準」にあると思います。

スイス国の民兵が、銃発射の腕前を「的への的中率」で測っているように、我々も勝敗の基準を他の人間ではなくて、「第三者的」なところに据えればよいのです。 人と人との争いよ、さようなら!