鉄道大臣

夢寐のたわごと

老いの木登り

年寄りの冷や水」とも言う。 「老人は、危うきに近寄らせず」と言っても良い。 チョットし、道の窪みにでも、老人はコケるから、とかく老人は危うい。 コケると、老人は、特に老婦人は直ぐ骨折するし、容易に立ち上がれないので、「セクハラ」のそしりを恐れながら、手助けしなければならない。 とにかく、老人は、そっと怪我しないように、傍で見守って置くに限る。 何なら、老人ホームへ片付けておいてもよい。

最近は、駅々の構内はもとより、街中にも「レント・ハウス」や「コイン・ボックス」の看板を見かけるようになった。 国民みんなが貧乏になって、住む家々も手狭になった。 タワーハウスなんて、立派で小さなコムパートメントへ押し込まれるようになった現代の中年、若者は、「3年着なくっちゃ、もう着ないって! バイセルに相談しな!」と言われる世の中である。 

ちなみに、昔、貧乏人が住む「棟割り長屋」というのがあった。 その後、「棟割り長屋」は、ハーモニカ長屋とモダンに言替えられたが、現代の「棟割り長屋」は、昔の「横割りの」長屋ではなくて、高層マンションという名の「縦割りの」ハーモニカ長屋になっている。

・・・・・・・・・・・・・(筆者注)
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各ご家庭に老人を住まわせるゆとりなど、ある筈が無いだろうが、バイセルならぬ、老人ホームという名の古物カタズケ用、老人向けレント・ハウスへ、ほんの少しの死ぬまでの間、一時預けしておけば、コケやすい老人介護なんて、面倒な話も、無(亡)くなる。

現代は、「オウナー」の時代じゃない。 「持てば」第一、固定資産税がかかる。 現代は「オウン」じゃなくて「レント」の時代である。 夫婦で、せっせと苦心惨憺して作り上げた家ですら、近頃は「死ぬまでの間」レントする時代になった。 この世は、全て「仮(借り)」のものなのである。  

情報という抽象的産物ですら、雲間(クラウド)へ預ける時代である。 自分はもとより、親も子も、親戚も友人も、みんな「借り(仮)」で良い。 そういえば、昔、この世を「仮の宿」と呼んだ人がいた。 おそらく、墓もデジタル化されて、バーチャルな「プロジェクシヨンマッピング」のような「儚いもの」になってしまうかもしれない。 ただ、望むらくは「老体」だけは「仮」に留めて、「若」の実態は残して欲しいものだ。