鉄道大臣

夢寐のたわごと

専門家は、だれ?

最近、「専門家」と言う言葉を、良き見聞きします。 が、専門家とは、誰でしょう。 私は、何の専門家でもありません。 しかし、物事に処する場合には、その特定の事柄についての専門家の意見を聞くことが、役立つと思っています。 従って、私を説得するには、専門家の意見を引用して貰えばよいのです。 

ちなみに、「専門家」と言う言葉は、専門家と言う職業を表しているので、特定個人を意味しているわけではありませんから、誰に、でも「専門家」と言えば、この言葉は当て嵌まります。 だから、特定個人を名指さなくとも、専門家とさえ言われれば、納得しそうな危険を感じます。 

今年の多摩川を遡行する「鮎」の数は、例年に比べて、極めて少ないそうです。 専門家の意見によれば、昨年の台風による大雨が影響しているそうです。 なるほど、でも、この専門家は、多摩川周辺か沿岸地域に住むオッサンかもしれません。 この専門家が誰であるかは、知る由もありません。

今年、俄かに問題となった新型コロナ・ビールスがもたらした国民の全てに関わる自宅待機、外出自粛の可否やソーシアルデスタンスの維持、マスク着用の必要の如何、なども、政府の発表によれば、専門家集団の意見を参考にして決められたようです。 

この専門家集団の会議がどのように行われたのか、など進行の様子を細かく記録したアジェンダを発表せよと野党側は求めていますが、政府は専門家個人はアイデンテファイ(明らかに)できないと言っています。

これは可能性だけの問題ですが、あなたも、私も、専門家を詐称することが出来ます。 誰だっていいのです。 誰でも、何らかの専門家です。

布施

私は、クリスチャンではありません。 それどころか、宗教心もありません。 が、仏教、キリスト教、など、信仰の世界では、死後の幸福ばかりでなく、現世の生活で(自分に)役立つことをいろいろ教えているようです。 その一つが、他人に与えることです。

もちろん、他にも多くの現世で役立つことを教えています。
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兄弟たち。 あなたがたに勧告します。 気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。Ⅰテサロニケ5:14心理学者によると、人は何かを与え、与えられた人の感謝を感じるときに満足感を得ると言います。 人は気前よく与えるように造られていると信じる学者もいます。そういうことだからでしょうか。 使徒パウロは、信仰者の共同体を築き上げなさいとテサロニケの教会を励ましていますが、その際、弱い者を助けなさいと強く促しています(Ⅰテサ5:14)。 彼は「受けるよりも与えるほうが幸いである」 (使20:35)というイエスの言葉を引用もしています。 

このみことばは、金銭の援助に関する話ですが、時間や労力に関しても同じこと
が言えます。私たちは与えることを通して、神のお気持ちを感じます。 なぜ、そんなに喜んで私たちを愛してくださるのかを理解し、他者を祝福する神の喜びや満足感
を味わいます。 

(デイリーブレッド)
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上記は、デイリーブレッドに記載されたキリスト教の教えからの引用ですが、仏教でも、布施という「喜び」を教えています。
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布施(ふせ)は、梵語では「檀那(旦那)(ダーナ、दान、dāna)」といい、他人に財物などを施したり、相手の利益になるよう教えを説くことなど、贈与、与えることを指します。 英語の Donation (寄贈者)やDonor(ドナー)とダーナは、同じインド・ヨーロッパ語族の語源をもちます。 漢訳で「布施」とされたのは、出家者への主要な贈与は、布(衣類)を施すことであったからです。

仏教では、全ての宗派で主要な実践項目の一つとされる六波羅蜜の一つでもあります。 -(後略)-

「布施」というのは、ほどこしをすることです。

「お布施」というと、お寺に払うお金だと思っている人がありますが、必ずしもそういうことではありません。まず、お釈迦さまは『増一阿含経』に「如来は二種の施しを説く。法施及び財施なり」と説かれています。布施を大きく2つに分けると、法施と財施の2つだ、ということです。

まず、「財施」とは、財を施すことです。

「財」というのは、お金はもちろん財ですが、お金以外にも物、労力も入ります。
お金だけでなく、お米や野菜、衣類やその他、何かをプレゼントしたりするのも財施です。

また、お金や物がなくても、あたたかいまなざしや優しい笑顔、何かのお手伝いも財施となりますので、布施を一言で言えば、親切のことです。

その布施の功徳について、『根本説一切有部毘奈耶薬事』にこのように教えられています。
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お釈迦さまが、多根樹村に托鉢に行かれました。 そこにはお釈迦さまの出身のカピラ城から嫁いで来ていた釈迦族の女性がいました。 その女性はお釈迦さまが乞食して歩かれるのを見て「お釈迦さまは、釈迦族で最も尊い方だ。 国王の位や財宝をなげうって出家され、乞食をしておられる。  何と尊いことだろう」と思い、お釈迦さまに
むぎこがしを布施しました。

するとお釈迦さまは、お弟子の阿難(あなん)に、「この女性は、この布施の善根により天上界に生まれ、やがて悟りを開くであろう」と言われました。 それを聞いた女性の夫が腹を立て、「お前はおれの妻からむぎこがしをもらうために、ありもしない大きな嘘をついて騙しただろう。 そんな少しの布施で、そんな大きな果報がえられるものか」 とくってかかります。

お釈迦さまは静かに、「私の問いに答えるがよい。  そなたは珍しいものを見たことがあるか」 尋ねられます。

男は、「もちろんだ。 俺は世の中で色々な珍しいものを見てきたが、やはりこの多根樹村にある多根樹が一番珍しい。 この村の東に生えている多根樹は、一本の木陰に500台の馬車をつないでもまだ余裕がある。 この村の名前もその樹からとったくらいだ。 どうだ珍しいだろう」「そんな大きな木なら、種も大きいのだろう。ひき臼か、それとも飼葉を入れて牛馬に食わせるための飼葉桶くらいはあるのか」「そんなことはないね。 芥子粒よりはるかに小さい。 そんな小さな種からそんなに大きくなるから珍しいのだ」「そんなことは誰も信じないだろう」、「たとえお前が信じなくても、おれはこの目でよく見たから信じるね」

そこでお釈迦さまは、こう言われました。 どんなに小さな布施でも、やがてそれが因縁となって、ついには悟りへと導かれることがあるのだ」あまりに当意即妙のお釈迦さまの説法に、男は恐れ入って仏教を聞くようになりました。 さらにお釈迦さまは、『雑譬喩経』に小さな種が大木になるたとえを出され、布施による幸せが、雪だるまのように、大きくなることを教えられています。
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潜在的差別意識

反省を込めて、私の年代(現在90歳)辺りの年頃、ひよっとしたら、殆どの日本人の間には、「潜在的な」差別意識があった(ある)。  昔、まだグアム島を含む南洋のマーシャル群島が、日本の委任統治下にあった頃、多数の日本人が、南洋群島を訪れていた。 その頃の下記のようなコッミカルな流行歌が流行った。

わたしのラバさん 酋長の娘
色は黒いが 南洋じゃ美人
赤道直下 マーシャル群島
ヤシの木陰で テクテク踊る
踊れ踊れ どぶろくのんで
明日は嬉しい 首の祭り
(以下略)

「ラバさん」とは、英語のLoverのことで、「恋人」を意味した。 当時は、漫画にも、「土人」と言う言葉が使われ、広く黒人を意味していた。 南洋のマーシャル群島の住民も、土人、または、黒人(食人種族)だと思われていた。この歌の文句から推量されるように、当時の日本人は、実体を知らないとはいえ、黒人を差別していたのである。 少なくとも、私の心の底のどこかに、この差別意識は、生き残っている。 

こうした「区別意識」は、現在もなお、どの日本人にも残っていると思う。 例えば、「外国人」と言えば、殆ど瞬発的に「欧米人」を連想するだろうが、ベトナム人、中国人、韓国人、フイリッピン人、なども外国人である。 「外国人労働者」を老人ホームの介護ヘルパーとして雇うと言えば、現在の老人ホームに住むどの老人たちも、異様だと感じるはずである。 外国人介護ヘルパーに面倒を見て貰うのは、「畏れ多い」と思うか、「変だ」と思うかは、人それぞれなので、何とも言えないが、「異様だ」と感じることには変わりはない。

異様感と差別意識、ないし区別意識とは、違うかもしれないが、そんな人達に、自分の肌を触られたり、下の面倒を見て貰ったりするのは、おどろおどろしく、かつ馴染めないことには変わりはない。 リンカーン以前のアメリカ人のように、黒人なら、「下僕(しもべ)」として、老人ホームのヘルパーに使えるかもしれない。 

こう述べている間に、今一つの差別意識に気が付いた。 それは、介護ヘルパーを「下(しも)」僕と見下す身分意識だ。 彼等は、有給の労働者だが、その有給労働者に面倒を見て貰う年齢の老人にとっては、「下」僕なのだ。 

「スズメ百まで、踊り忘れぬ」と言うが、寿命が100歳まで伸びた日本人にとっても、生きている限り、昔、叩きこまれた「差別意識」は、消え去らない。 もちろん、「有給の労働者」と言う認識は老人にもあるが、「有給」が形を変えた差別意識につながっている。 「どうせ、お金は払っているんだろ」という「主人としての見下しの意識」を生んでいる。

これはサービスです

これはサービスです。 そりゃどうも。 ちょっと待って下さい、何か勘違いしていませんか?  只じゃありませんよ。 サービスは有料ですよ。 あなた様は、どちらさんで? 勿論、アメリカ人です。 アメリカでは、サービスは有料に決まっています。 えぇ? 日本じゃ、無料ですか? サービスという言葉は、英米語ですよ。

いいえ、サービスは日本語です。 日本じゃ、サービスは無料だと解釈します。 無料だからこそ、サービスと言うのです。 昔風の日本語でいえば、「おまけ」ですね。 仰っる通り、サービスは、英米語に由来します。 でも、翻訳の途中で、日本に昔からあった習慣の「おまけ」になぞらえられたのです。 

文化は、言葉なのです。 総じて、文化の方が言葉に優先します。移入された文化よりも、使い慣れた土地の文化が優先するのです。

寂しくならない方法

昨日、どこかの老人ホームで、90歳になる老人が何階かの高みにある自室の窓から外を眺めながら、10年前に死んだ妻のことについて呟きながら、老人が孤独死する気持ちもわかる、と言っている風景をテレビで放映していた。 それでも、この老人は生きていた。

私も、90歳になるが、テレビに現れた老人と同じように老人ホームに住んでいる。 妻に、10数年前に死に別れた。 でも寂しくはない。  テレビの老人に子供がいるかどうかは報道していなかったが、私には4人の子供がいる。 

と言っても、全員が家庭を持っていて独立しているから、年中、顔を付き合わせるわけではない。 特に、最近は、外出自粛が求められており、私自身が、自分が高齢であることを自覚しており、コロナの感染が怖いから、外出を自分でも控えているので、電話、パソコンのメールで連絡し合う以外には、子供たちの関係は、疎遠といってよい。

では、老人ホームに同居する他の仲間と親しく交流しているかと言えば、そうでもない。 ご想像になるように、老人ホーム居住者は、概して、各家庭での「厄介者」であり、自分のことをひけらかすわけではないが、私の知的レベルなり、趣味なりに合う仲間は少ないから、交友することは滅多にない。

私が住む部屋のサイズは、施設側の説明によれば、16平方メートルである。 ♪狭いながらも、楽しい我が家♪を地で行っている。 最近は、外出が怖いと共に、部屋を出ても面白くもないから、専ら自室に閉じこもっている。 ところが、幸か不幸か、体調は基本的に良好である。

では、如何にして無聊を自ら慰めているか?  もちろん、第一にテレビが挙げられる。 その他には、読書、パソコンがある。 補うものとしては、子供や友人達との電話によるチャットがあるが、電話料を考えると長電話は出来ない。 今一つ手段としては、施設が提供する食事を摂らないで、「自炊する」と言う方法がある。

以上、僅かではあるが、狭い自室の閉じ籠りつつも、寂しくならない方法は、要約すると、基本的に自分の意識を「自分の心」へ向ける、つまり、内向させるのではなくて、「外向させる」事だと言える。 しかし、自律的に「自分の心」を左右することは、極めて難しい。 

この難しさを克服するための手段としては、目を外へ向けるための手掛かり、例えば、テレビ、本、パソコン、筆(鉛筆、ペンなど)、電話、台所道具、などの道具を使うことがある。 人それぞれと言うが、こうした「手掛かり」も人によって異なると思うが、自分の手掛かりを見つけることが、寂しくならない為の「秘訣」である。

他人事ではあるが、私から助言を加えるなら、「歌、ゲーム(碁、将棋、トランプ)、読書、盆栽、庭いじり、散歩、踊り、その他」などが、そのような手掛かりを見つける為の対象領域になると思う。

御用達専門家

今回の新型コロナ感染拡大に当たって、政府の諮問に応じた御用達専門家は、臆病で、引込み思案であった。 専門家の中には、真面目で、融通の利かない頑固な奴が多いと思うが、真面目は良いのだが、自分の研究の結果に良心的であろうと願うあまり、研究結果に余程確実だと確信が持てない限り、「うん」とは頷かない。 

そこに専門家の専門家たる意味もあるのだろうが、政治的では無い。保身のために、政治家は、物事を胡麻化し易い。 政治家には敵が多い。 年中、攻撃に曝されていると言って良い。 政治家と専門家がコンビになると、専門家は便利に使われる。 保身の為である。 

臆病な専門家は、政治家を「盾」として使う。 危急存亡の場合、政治家の「保身の狡さ」が役に立つ。彼等には、今一人、強い味方がいる。 「独りじゃない」

持てないものを持つ

近頃、日本語がおかしくなっている。 私は、僅か90年の生涯を経験した老人だが、私が教わり、使い慣れた日本語では、「持てなかったもの」を、近頃は、特に偉い、国民の代表たる大臣が、更に特に、若造の大臣諸候の首領が「持って」いる。

その例が、「透明性」であり、「スピード感」である。 「抽象物」を持つことは、神仏、妖怪、魑魅魍魎なら、為すことの出来る技で、普通の人間に為し得る技ではない。 皮肉を言えば、政界こそが、神仏ならぬ、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の蔓延る世界で、通常の庶民が住める世界ではない。

抽象物は「ごまかしの利く」便利なもので、特に、「うつけ」の多い庶民向けの言葉である。 うつけ共は、抽象的な表現を聞くと、意味も分からず、何でも「ご無理ご尤も」とうなずいてしまう。

リーダーシップの意味

英語の「Lead」はとても古い語源を持ちます。 インド・ヨーロッパ言語のルーツは「LEITH」で、その意味がこれです。 「境界線を越えて足を踏み出す」ことです。 このシンプルな動作、前へ進むことです。

(ピーター・センゲのワークショップ:パソコン)
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英語の場合は、この言葉の語尾に「er」を付けて、「人=行為の主体」を示しています。 つづめて言えば、「前へ進む人」です。 さらに、この探索を深めますと、この「人」の背後には、付き従う人なり、人の集団なり、が暗示されています。 例えて言えば、「矢先」に矢軸、そして矢尻が付いて行く様なものです。 いわば、リーダーは矢先なのです。

矢先は、必然的に前に向かう「能動的な」動きを示します。 暗々裡に、偉人、豪傑のような人々の「上に立つ」個人を意味しています。

その様な他の人の上に立つリーダーは、引っ込み思案では、務まりません。 常に、前向きの、積極的な、進取の気性に富んだ人でなければなりません。 そのためには、人並み優れた「主体性」が確立されていなければなりません。 他人頼みの「弱腰」の人は、リーダーの責務は務まらないのです。 

主体性は、「我が強いこと」ではありません。 「乃公出でずんば~」と何事にもシャシャリ出る軽薄な人物では、リーダーの責務は果たせないのです。 真のリーダーは
、皆目行方を定めることの出来ない暗中模索の状態の中でも、行方(目標)を定め、付き従うフォローアー(従者たち)に、向かうべき方向を示し、かつその方向へ、人々を安全、かつ無事に連れて行った呉れる人です。 こうした人を、偉人、豪傑、と呼ばずして、何と呼びましょう。 ここに従来から、洋の東西を問わず、リーダーシップ論と「人物論」が混同されてきた所以があります。

二人は若い♪

♪あなたと呼べば、あなたと答える。 山の木霊の嬉しさよ♪と流れる、「二人は若い」と言う歌があった。 外出の自粛が求められ、フイジカル(ソーシャル)デイスタンスの必要が叫ばれる今日、学校の授業や医者の診察まで、「リモート(離れた)」な接触が、求められている。 味気ない話だ。 せめて、互いのレスポンス(回答)のやり取りが欲しい。 

西洋のある国などでは、外出禁止になると、人々が窓へ出て、お互い同士が、声、励ましを掛け合っているという。 掛けた声には、反応が欲しい。 「暖簾に肘押し」では、やる瀬がない。 反応が互いの励ましになる。 新型コロナ・ビールスのお陰で、孤独化する人が増えた。 病気でなくとも、心細さで身がやせる。

政治家さんは、無責任にも、街行く人の数が少なくなるのを喜んでいるが、庶民は、ガヤガヤ、ゾロゾロを待ち望んでいる。 「人」の「気配」は、「人気」と言うではないか。 そんなことじゃあ、人気を失うよ。 気配だけでいい。 賑やかなのが良いのだよ。

室内ばかりじゃ、嫌なんだ。 たまには、外へ出て、空が見たい。
♪空は青空、二人は若い♪  山のこだまさえ、懐かしい。

歴史の流れ

維新(いしん)
《「詩経」大雅の文王から。「維 (こ) れ新 (あらた) なり」の意》
1 すべてが改まって新しくなること。 特に、政治や社会の革新。
2 明治維新のこと。 御一新。
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幕末には250余はあったと言われている国内の諸「藩」が、統一されて日本国は一つの纏まった国になった。 同じように、西欧においても、数百も在った諸公国が、それら邦々を統括・統治していた古代ローマ共和政から、帝政ローマ、引き続く、ビザンツ帝国を含む西ローマ帝国東ローマ帝国など、さらに、数百年に渡る小諸公国の興亡を経て、現代のイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの近代国家になった。

時代の流れに早遅の差はあるものの全体の流れとしては、洋の東西の発展の流れは酷似している。 徳川幕府による封建武家政治は、「民は依らしむべし、知らしむべからず」と250年もの間、庶民を無知蒙昧な状態に置き、その後の日本の近代国家としての歴史上の登場は遅かったが、その間に西欧は、ギリシヤ、古代ローマの復活(ルネサンス)、啓蒙主義啓蒙思想)、産業革命、民主主義の台頭を経て、近代工業国家へと成長している。 巷説によれば、こうした日本の後進性は、大きくアジアの悪しき友の所為だと、福沢諭吉は弁じ、アジアからの脱出の必要を主張した。
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『脱亜論』(だつあろん)は、福澤諭吉が執筆したと考えられている評論。 
初出掲載された1885年(明治18年)3月16日の新聞『時事新報』紙上では無署名の社説である。 1933年(昭和8年)に石河幹明編『続福澤全集』第2巻(岩波書店)に収録されたため、それ以来、福澤諭吉が執筆したと考えられるようになった。
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執筆者は交通手段の発達による西洋文明の伝播を「文明は猶(なお)麻疹の流行の如し」と表現する。 それに対し、これを防ぐのではなく「其蔓延を助け、國民をして早く其気風に浴せしむる」ことこそが重要であると唱える。 その点において日本は文明化を受け入れ、「獨り舊套(きゅうとう)を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し」、アジア的価値観から抜け出した、すなわち、脱亜を果たした唯一の国だと評する。

「不幸なるは近隣に國あり」として、支那(清)と朝鮮(李氏朝鮮)を挙げ、両者が近代化を拒否して儒教など旧態依然とした体制に汲々とする点を指摘し「今の文明東漸の風潮に際し、迚も(とても)其獨立を維持するの道ある可らず」と論じる。 

そして、甲申政変を念頭に置きつつ両國に志士が出て明治維新のように政治體制を變革できればよいが、そうでなければ両国は「今より數年を出でずして亡國と為り」、西洋列強諸国に分割されてしまうだろう、と推測する。

このままでは西洋人は清・朝鮮両国と日本を同一視してしまうだろう、間接的ではあるが外交に支障が少なからず出ている事は「我日本國の一大不幸」であると危惧する。 そして、社説の結論部分において、東アジアの悪友である清国と朝鮮国とは、隣国という理由で特別な関係を持つのではなく欧米諸国と同じような付き合いかたにして、日本は独自に近代化を進めて行くことが望ましいと結んでいる。 

「我れは心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり」とは「心(感情)」という個人的な感情を表した表現であって、「国家関係として日本と朝鮮とは縁を切って国交断絶すべき」というような主張ではない。

(ウエブリオ辞書)
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中国の歴史は、5000年、他方、キリスト以前(BC)のチグリス・ユーフラチス、(アッシリア=ニネヴェ)の歴史は、紀元前7000年とキリスト以降の2000年を加えた9000年以前に遡るが、人類そのものの歴史は、さらに45万年以前のホモ・エレクトウス発生の時代にまで遡る。 他方、わが日本国の歴史は、僅か2000年に遡るに過ぎず、ローマ共和政以降、天孫降臨以降は、それぞれ共に2000年程度の短い期間にしか過ぎない。

数十億年に渡ると言われる大宇宙の年輪に比べて、こうした僅か2000年程度の短い間の人間社会に起こった様々な事々を今日に至って、あれこれ論じるのは、笑止千万と言えなくもない。 先進を誇る西欧世界も、後進を嘆くアジア、アフリカ、南米の人々や日本の国民も、大局的に眺めれば、いわば「井の中の蛙」に過ぎない。 

世界は、ひところ、「国際」と呼ばれたが、今は「グローバル」と呼ばれるようになった。 さらに、世界史の流れは、IT、AIへ向かっている。 世界には、悪友も、善友もない。 あるべきは、交友である。 然るに、未だ世界は大きく二大国に二分されて、覇権を争い、無駄な抗争に繋がる軍備拡張を叫んでいる。 恥知らずにも、人々の貴重な財産を乱費する無知にして蒙昧な独裁的政治家、軍人、事業家、ならびに、そうした蒙昧な指導者を擁する国家こそ非難されるべきである。

人々は、口々に、時ある毎に、蒙昧な指導者を非難・攻撃しているが、未だ、人々の力は十分な効果を上げていない。 民主主義の時代は過ぎつつある。 今や、来るべきIT、AIの時代は、別言すれば、情報科学の時代である。 情報科学は、恐るべき伝染病のみならず、厭うべき蒙昧指導者をも、克服すると思う。 

人間の歴史は、古代ローマ、ギリシヤの黄金時代から、暗黒の中世、ルネサンス啓蒙思想産業革命、民主主義を経て、漸く情報科学の時代へ移りつつある。  奇しくも、新型コロナビールス(COVID-19)の蔓延の為、世界史は今一つの新たな転回点を迎えているように見える。

街角には動きが極めて少ない。 歩いている人の数が極めて少ない。 誰もが外出を控えているのだろう。 街角、随所にある百貨店、スーパーマーケット、イベントハウス、その他では、フイジカル(ソシアル)・デスタンスを叫んでいる。 先程から、私が住むこの施設(老人ホーム)の前で、日光浴を楽しんでいたが、「人っ子一人」と言えば、大げさだが、それにしても道路を歩いて行く人が少ない。 車の数も少ない。時の流れは、いつの世も変わらない。 

しかし、鴨長明方丈記)も言うように、そこに流れる水は「同じ水ではない」。 施設の前で、座って日光浴をしていると、そこに静かに時が流れていくのを感じるが、道路を行き交いする人の数が少ないと、その時の流れが遅いと感じる。 長明が「同じみずにあらず」と表現した水が与えた「感じ」は、水に浮かぶ「うたかた(泡沫)」から得たものに違いない。 

現代世界においても、泡沫は現れ、そして消えを繰り返しつつ、流れつっあるに違いない。 それは、人の世のよろずの出来事である。 時の流れの上に出たり、消えたりする泡沫は、時の流れを知る上でのハンドルになっている。 このように、世に起こるいろいろな出来事は、時代の流れの目印(道標)なのである。

日光浴する私の目前を歩いて行く人、走り去る車は、すべて私の時を知らせてくれるマイルストーンになっている。 しかし、施設の前の椅子に座って道路を行く人、車を眺めていると、なんとなく、静かである。 英語にこのような表現があるかどうか知らないが、文字通り「dead silence」なのである。

私に、時の流れを知らせてくれるものは、他にないのか? ある!子供の頃より、気にする事は無かったのだが、他に私に時の流れを知らせてくれるものとして、街の「騒めき」があった。 数年前まで、私は、毎年一回、故郷の街を訪れていた。 その故郷にあった待ちの「さんざめき」が、変わっている。 

毎晩、夜遅くなると「火の用心、さっさりましょう」と警報を告げる夜回りの小父さんる声もなくなった。 子供仲間で、騒ぎまわった「めんこ、バイ、縄跳び」の声も消えた。 これが、僅か90年の私の過去の生涯を通して、見聞きし、起こってきた「事件」である。 今は、静寂‼‼ これも時の流れの一コマを知らせている。 私の死後も、悠久数百億年の宇宙の時は、流れる‼‼