鉄道大臣

夢寐のたわごと

老人ホーム生活

私は、この会社の系列に属する老人ホームの施設を転々と何か所か移り住み、20年近くも住んでいます。 しかし、私は、自分の意思で、この施設へ入所したのではありません。 入所の時点では、私が患っていた先行するある病気のため、私は、思考力に障害が生まれ、十全の思考ができなかったのです。

私の老人ホーム入所の時点には、まだ生きてい居た家内と成人に達していた私の子供たちが、おそらく医者とも相談した上で、成人していたとはいえ子供たちだけでは、(その後、間もなく亡くなった家内が先導して)到底、私を「養うことができない」と考え、家族で、私を老人ホームへ預けることにした、と聞いています。

病院から、老人ホームへ移り住んだ時のことは、本当に漠然と記憶に残っているだけです。 私は「何故、そこにいるのか」は、もちろん、どのようにして、その建物へ来たのか、その経緯が、そしてそこにいること自体が、夢か霧の中の様で、薄らとしか覚えていません。 後で知ったことですが、その建物は、JR大船駅まで、路線バスで乗り換えなしで行ける便利なところにあった横浜市栄区の某所にある小さなビルでした。

その施設で、何回か寝起きし、食事もしました。 食事では、何人かの仲間が一緒に、同じテーブルで食べました。 同じテーブルに座っている仲間の顔は、ハッキリしません。 テーブルの薄い霞の彼方に、数人の仲間が座っているだけで、彼等の名前は、ハッキリしないのです。 思い出しそうで、思い出せないのです。

食事をしていたのは、確かその施設(ビル)の3階にあったホールの(大部屋)だったと思います。 自分の部屋(個室)が、何階にあったかは、思い出せません。 だが、その建物に住んでいました。 便所には、囲いが付けられた共用の便器が、何か所か並んでいました。 個々の便器には入り口の扉の代わりのカーテンが付けられていました。 便所(室)の一番奥に、独りでゆっくり便をすますことのできる木製の扉のついた便器(室)がありました。

私の部屋のすぐ隣の部屋に、親切な老婆が居ました。 彼女は、周囲の人たちに声をかけ、仲間を作っていました。 まもなく、新築の建物へ引っ越すことになっている、と教えてくれました。 そのお婆さんが言っていたように、間もなく、北鎌倉のこの会社の系列の別の施設(新築)へ転居しました。

以上は、20年近くも前の話です。 病院でもないこの有料介護付き老人ホームが、私に施して呉れたメリットは、私の「思考力」が、20数年の老人ホーム生活の間に回復したことです。 このことは、本当に有難いことだと思っています。 

老人ホームは、「治療」の場でもあるのです。 ただし、勝手ながら、「治癒」は施設の「力」だけでなく、当人の「力」にも負うところもあると思います。 当人の力という意味では、老人ホームは、環境、つまり「場」と「機会」を提供して呉れるのです。

また、環境という意味で、家族の助言、助力、協力やその他の周囲の条件も、「治癒」に関係すると思います。 私の場合、家族が、70歳の頃、パソコンという道具を与えてくれました。 この道具は、随分と能力回復に役立ったと思っています。 良い家族を持ったと、今は亡き家内と大人になった子供たちに感謝しています。

働く介護職員‘ (労働者)

日本の企業のスケールは欧米の企業のスケールに比べると、相対的に小さいが、それでも日本企業の中には、大小の区別がある。 最近は、小さい企業を抱え込み大型化する企業「群」が増えてきた。

大型化する最初の段階では同業を抱え込む傾向がみられるが、大型化プロセスが進むと、他企業(産業)へも手を伸ばすようになる。

また、大型化傾向が進むのは、全ての産業においてではなく、いわゆる「儲かる」産業の中で、大型化が始まり、随時、他産業へ広がって行く。

早くから、「儲かる」活、「手軽な」産業として、医療の進歩、食糧の生産増加、栄養の行き渡り、人口の高齢化の結果、「高齢者」を対象とする産業に目が付けられた。 その一つが、「老人ホーム」だと思われる。

この事業始まりの当初から、この企業が、「事業」には、馴染まない企業で、むしろ「慈善」や「福祉」の対象とすべき企業であることが明白であったにも拘らず、行政(政治家たち)は、事業化させてしまった。 始まりが「誤って」いると、後々までも、その誤りが糸を引く。

予想通り、人口の高齢化が進んだ。 事業としての「有料介護付き老人ホーム」は、繁盛した。 老人も人間であるから、生活一般、例えば、衣服、食事、医療、排泄、etc. などの面での「副次的」産業の必要を生む。 老人ホーム事業を中核としたち副次産業が、色々と生まれ、大小の「事業家」が、老人ホーム産業の周囲に群がり集まった。

中核となる「有料介護付き老人ホーム会社」を運営する企業は、中小の老人ホーム事業を傘下に集めて、大型化し始めた。 有料老人ホーム会社の競争も始まった。 介護職員(スタッフ=ヘルパー)の増強が、期待されるようになった。 外国人ヘルパーやAIによる人員不足の補強も、囁かれるようになった。

介護職員の教育訓練や育成増強も、工夫され始めたが、老人ホームの体質は当初の「事業」のままに残った。 事業資本は、儲けるために、労働者を雇い、労働者は雇用の安定を願った。 肝心の老人は、相変わらず「老人」のままである。

老人ホーム経営会社が、職員(ヘルパー)を「労働者として」雇っている証左は、いろいろなところで、平清盛が着た衣の下の鎧のように見え隠れする。 その労働者に、入居する老人たちに「寄り添う」、「親身な介護」を求めても、それぞれの労働者には、自分たちが抱える家族がおり、寄り添う相手は、彼等の家にいるので、老人ホームには、居ないことが多い。

老人ホームは、「事業化」には、馴染まない。 慈善活動か、福祉活動の対象であるべきものである。 昔、クリミヤ戦争で活躍した、ナイチンゲールや最近アフガニスタンで殺された「中村博士」のような「慈善家」なり、NPOなりが、登場すべき舞台が、老人ホームである。

政治の在り方が、当初より間違っている。 一つの間違いは、次々と次の間違いを起こす。 健常な自立した悠々自適の老後の生活を望む老人と要支援一、要支援二、要介護一、要介護二、認知症患者など、同一の屋根の下に住まわせて、楽しく、親しい「人間関係」や「社会」の実現を叫ぶ老人ホーム経営者の頭のほどが疑われる。

老人ホームは、寂しい場所である。 夜中になると、夜泣き鳥やタヌキ、キツネの鳴く、真っ暗な、話す相手とて無い、孤独な山中と変わらない。 かてて加えて、子供の頃、馴染んだ「友たち」の方言や近所の祭りの盆踊りの響きも、方言のささやきとて聞こえない、独りぼっちの世界である。

自分の親を入れたい老人ホームなんかある筈がない。 自分自身が入りたいと思う老人ホームがあるなら、たった一日の出勤だけで、100万円の通信費が貰える国会議員さんたちに、なかんずく、与党の皆さんたちに、入居資格の権利も、併せて差し上げたいものだ。

 

 

日本人のリーダー像‘

リーダーシップ、経営学を研究なさっている皆さん(諸大学や専門学校で、経営学、行動科学、リーダーシップを教えておられる先生の方々を含めて)、皆さん方は、P・F ドラッカーが唱えたように、リーダーシップとは、人間の資質を言うのではなく、「仕事」、「責任」を言う、という説にご賛同ですか? 

私は、「野」にあって、長年、リーダーシップを研究してきた90歳を超えた老人です。 私は、P・F ドラッカーに必ずしも賛成しません。 そこで、今一つ、お尋ねします。

― あの英雄、西郷隆盛は、リーダーであったと思われますか?

― 「ノー」とお答えになった方々は、除外します。

― 「イェス」とお答えになった方々に、もう一つ尋ねます。

― 痩せこけた西郷隆盛が想像できますか? それとも、西郷さんは、ふくよかなデブだったと思いますか?

「デブ」だったと思う人は、ドラッカーの意見に賛成しない人です。 リーダーシップ資質論者です。 近代経営学に,楯を突く人です。

斯くいう私は、「ドラッカーは、リーダーシップの一面しか見ていない」と考えます。 昔からの「英雄豪傑論」、「人物論」、「資質論」も、リーダーシップ論だと思います。 そうでなければ、西郷さんやナポレオンが泣きます。

働く人、世話をされる老人

老人ホームに入居する老人は、多くの場合、何らかの理由で、正常な生活ができなくなり、家族が面倒見切れなくなった人である。 最も多いのは、「ボケ」、「認知症」、「その他の病気」などで、正常な言動が困難にしくなって特別のケアーを必要とする老人や身体的異常のため恒常的に専門(医療)的治療必要とする老人、など、ざっくり言って「異常」な人たちが、老人ホームへ送られてくる。

老人ホームには、65歳以上の自立した老人(健常者)も入居できるから、殆どの場合、異常者と健常者の「混住」になる。 とはいうものの、元々、老人ホームへは、家族では面倒の見切れなくなった老人が送られてくるから、異常、健常の割合は、概して、異常の方の数が、健常の数よりも多い。 この異常、健常の不釣り合いな混住状態は、

― 入居者同士の間の付き合いが難しくなり、仲間ができない。

― 職員の手厚い(?)介護は、異常者に与えられて、健常者の介護がなおざりにされ易い。

― 結果として、送りこまれた「健常」老人には仲間が少なくなる傾向が生まれ、介護サービスが行き届かず寂しい思いをする。

― 管理の目は、当然、多数(異常者)へ向けられ、「味噌も糞も一緒」に管理されるので、健常者の管理がおろそかになり、健常者が、不便、不都合を感じることが多い。

どの老人ホームにおいても、入居者勧誘に当たっては、「手厚い介護」、「寄り添った介護」、等々を謳うが、介護職員は、勤め人であり、給与で飼われた人々である。それぞれの家族を持ち、その家族のために働いている。 かりに寄り添うにしても、寄り添う相手は老人ホームには居ない。 所定の時間になると、毎日、ルンルンと自分の家族へ帰ってゆく人たちである。 NPO的老人ホームは、ざらにあるわけではない。

勤め人(労働者)は、「禄(給与)を食む」サムライである。 その意味で、飼養された犬に等しいが、自立した健常老人は「野犬」に等しく、いわば「浪人」である。 管理者(施設)の側は、「有料」で、老人たちを預かっている手前、異常、健常の別なく、入居している老人たちに「紐(リード)」を付けて管理しようとするがが、浪人的(野犬的)健常老人は、施設による制約や拘束を逃れ「悠々自適」の優雅で自由な老後を期待する。

老人ホームは、「窮屈で」、「住み辛く」、「楽しみの期待できない」場所になり易い。 老人ホームの実態を知ったら、到底、大切な我が家の両親を送り込めるものじゃない。 「金が掛かるだけで」、両親を地獄へ送リ込むようなものである。

自分の言葉

私は、ある地方で生まれて、育った。 当然、その地方で使われていた方言を使って、子供時代を過ごした。 私が、現住するこの土地へ移り住んで70年近くなるが、この地方の人たちは「標準語」ということを言い、彼らはその標準語を日常の会話に使っていると言っている。 私も、この地域に長年住んでいるので、この地域に住む人たちの言葉に慣れ親しみ、「訛り」を含めて、この地方の方言、つまり標準語(?)を使うようになっている。

しかし、私のこどもたちに言わせると、私の喋り方に、どこか故郷の方言の「訛り」が残っているらしい。 故郷は忘れ難い、というが、私の子供たちの知らない私の故郷の情景や風景が、方言と共に私の頭に残っていると思うと、懐かしい。 

事実、子供の頃に使い、慣れ親しんだ方言も頭に残っているらしく、何を考え、何を言うにしても、この方言を使ってでないと、気持ちがスッキリしないことが多い。 

言葉は、同時に文化であるとされるが、私の文化は、この方言に代表され、支配されている。 私は、「物を書く」が、その書いたものも、私の子供時代の言葉を反映させた方が、書き易いと思うが、それでは、一般に受け入れてもらえる文章にならないので、悔しく感じる。 後述するが、このことは実は大変なことであると思う。

私は、長く「標準語」という言葉に抵抗を感じてきた。どの日本人も、それぞれの人が生まれた地方の言葉で、育てられている筈だから、誰にとっても標準語は架空の言葉で、文部科学省か、NHKかが作った造語である、と思っている。

この年になってよく感じるのだが、方言を使う方が、自分の気持ちや感情を、的確に表しのではないかと思う。 しかし、論文を書いたり、改まった文章を書いたりする時には、いわゆる「標準語」とされる「文章語」が相応しく、口に出すにしても、文章にするにしても、腹立ちまぎれの悪口を言ったり、誰かに、気持ちをぶっつけたりするときには、方言を使う方が、気持ちをスッキリさせることができるのでは、ないだろうか?

標準語は「文章」向きで、方言は、「口頭使用」向き、であると言えそうだ。 これを言い換えると、この小さな島国の各地に住む住民を一体化する為に、日本語という「言葉」を作り、この島に住む住民に共通に使わせて、青森、北海道の北の端の島々に住む人たちと沖縄、奄美、薩摩、など南端の島々に住む人たちとが共通に、話し、書いて、判り合うことのできる言葉を「標準語」としたのだと思われる。 

以上の事実を裏つけるように、幕末(明治時代に創設された「藩」を含めて)、にこの列島に存在した藩の数は、約270であったと聞いている。 ちなみに、「藩」という概念も、名称も、幕末・明治に至るまで、日本には存在せず、昔、中国で使われていた名称を、明治時代なって使ったものだとも、聞いている。  

この列島およそ270に分領していた各地の豪族を、およそ260年の間、統括支配していたのが徳川幕府であり、それを引き継ぎ、一つ近代国家として纏め挙げたのは、薩摩藩長州藩を軸とした官軍、明治政府あった。

考えて見れば、我が国は、本来「方言」の国である。 この列島の各地に割拠していた豪族、部族の村々が、当初は、互いに知ることも無く、離れ離れの土地に、それぞれが自足して生活していた人々だったと思うが、これらの分割されて、割拠する人々を「一纏め」にするには、「共通語」が必要であったと思うが、その要請に応えたのが、標準語だったのだろう。

通常は、誰にとっても、自分の方言(自分の言葉)が使い易い筈である。 にもかかわらず、関東地域(東京エリア)へ来ると、誰もが「共通語」めいたものを使うようになる(ここで、関東へ来ると、と書いたが、私は、「生粋の」関東人、つまり、江戸っ子が極めて少ないことを知っている。 関東(東京近郊)に住む人の大抵の人が、東北地方出身であり、私が生まれた地方の人達なら、この人たちは「田舎もん」、または「お上りさん」と呼ぶ人達ある。

いわゆる「江戸っ子」は、おそらく「江戸弁」とでも呼ぶべき地方の言葉(方言)を話し、書いた(?)のだろうと思うが、聞くところによると、江戸っ子は、早口で、巻き舌で、到底、地方出身者の耳でとらえられる言葉ではなかった。 そこへ多数の田舎もんが、東北地方から乱入してきて、今日の「関東人」を形成しているのだと思う。

その点、地方都市ながら、私も下町育ちで、ガサツで、物事に遠慮がなく、礼儀しい礼儀を弁えず、自由に育っている。 その意味で、江戸っ子に一脈通じるところがある。 友達になったら、多分、「おい」、「おまえ」、「あいつ」で、事足りる。 「君」や「貴方」、「貴女」、「私」、「僕」を使うよりも、互いの気脈が通じ易い。 

以上まで書き進んだところで、4点ばかり言及したいことが頭に浮かんだ。 

― 勝海舟西郷隆盛は、官軍の江戸の街の攻撃にあたって、これを取りやめるように話し合ったと伝えられるが、この話し合いは、江戸弁と薩摩弁で行ったのか? 足りないところは、文語で補ったのか? 江戸城内における参勤後の諸大名同士の会話には、何語を使ったのか?

― 「惻隠の情」という伝えがあるが、孟子が言った惻隠の心は、

  言葉の違いに関わらず作用するか?  それとも、惻隠の情とは、無言の行為か?

― 理論、知性、理性、などと言うが、これらを表現する為には、文章語、すなわち、標準語が適しており、感情を表すためには、「方言」による「口語表現」が、適切なのではないか?

― 江戸時代以前から、日本列島では、例えば、松前(北海道)と九州南端の薩摩の人々の間で共通する言葉は、侍や高等教育を受けた学者が使用した文語(候文)を除いて、何語であったのか? 彼等は、文通、意思連絡、をしなかったのか? 信仰はどうだった? 

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惻隠の情の由来

「惻隠の情」の由来は、儒教の教えにあります。 そこには「惻隠の心は仁の端なり」とあり、意味としては、「相手を思いやる心、哀れむ心がやがては仁(人生の最高の徳)に到達する。」というから来ています。 ですが、現在では「惻隠の心」ではなく「惻隠の情」という風に使われるようになりました。

出典:言葉の手帳

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老人ホームに住む年寄りに、江戸も、地方もないが、たとえ、そんな相手が懐かしいと思っても、老人ホームには、通常は、そんな相手はいないし、労働者として働く係り職員のブッチョウ面ばかりが目立つ。 その意味で、老人ホームに住んで、自分が生まれ育った言葉を求めても、それは「ならぬ」願いである。

言葉は、文化である。 誰とても、自分が育った文化が懐かしい。 子供心に残された言葉廻る故郷の風景、風情、仲間の記憶、語り合った言葉の種類ばかりでなく、言い方、しゃべり方、「訛り」までをも含めて、懐かしいのである。

標準語の強制は、日本文化を衰弱させる。 逆に、方言の奨励、それにまつわる「民俗伝承(民謡、盆踊り、などを含めた)」の強調が、ますます望ましくなっているのではないか?

胸襟を開いたり、肝胆、相照らし合ったり、腹蔵なく話し合ったりするには、そうする為の肝心の道具が、違っていたのでは、話にならんし、自分の言葉でなかったら、これまた話にならん。 

「標準語」なんて、余所者(他人物)の言葉で「話し合い」ができるなんて、大ウソの嘘ッパチ。 書物やテレビの上では何とでも言えるだろうが、自分の言葉でなかったら、本当のことは言えない。

標準語を使って伝えられることができるのは、奥歯に物の挟さまった「隔靴掻痒の感」のみである。 例なら、サムライ言葉の日常会話を考えてみればよい。 いかがでござる?

高齢者を労わりたいのなら、高齢者に自分の「言葉」を、とにかく回復せることだ。 自分の言葉で、話し合える仲間を高齢者に作ってあげることだ。 「意思疎通」を図る前に、「意思を表示」させることが、第一である。 老人ホームでなら、人数が整うのなら、同郷人会でも編成すれば、役立つと思う。

不届き者

古い言葉ですが、現在も、そのままの意味で使われています。 下記の意味を伝える言葉ですが、多人数で、速度のことは気にせず、信号無視で、天下の大道を走り回る、「不届きで」性懲りの無い若者が多いのには、警察は、もちろん、世間の親御さんたちも、困っていると思います。 若者ばかりでは、ありません。 国民の選良たるべき議員さんの中にも、無免許で、人身事故を起こした「お嬢さん」も居ました。 事故のことを、警察へ「届けた」かと言えば、「不届け」らしいのです。 文字通り、不届きな「議員」です。

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意味

不届きとは、配慮・注意が行き届かないこと。 不注意なこと。 道理や法にそむく行いをすること。 不埒なこと。

不届きの由来・語源

古くは、不届きを「ぶとどき」ともいい、文字通り「届かないこと」の意味であった。
届かない対象が「法」や「道理」に当てられて、道や法にそむいた行為を意味するようになり、転じて「不埒なこと」「不注意なこと」も意味するようになった。

不届きは、中世後期以降、文書用語として用いられた言葉で、近世以降、武士の会話の中でも使われるようになった。町人の間では、武士の威圧的な態度を表す言葉と受け取られ、武士をからかう際に「不届き」が用いられることもあった。

出典:語源由来辞典

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「四民平等」が唱えられるようになって久しく、今は、武家も町人もありません。 にもかかわらず、「届け」なるものが、必要とされることがあります。 誰が、「届け」を求める。 代表的な「要求者」は、いわゆる「お役所」です。 いまだに、「役所」は、「上位」の立場にいるのです。 「主権在民」という言葉が、唱えられるようになって久しいと思いますが、いまだに、「主権」が、「お上」と共にある気配がします。

この「お役所上位」の気風に便乗して、「お役所風」を吹かせる民間の機関や民間人も多いと感じられます。 早い例を挙げると、私が住む老人ホームが、そうです。 入居者としては、多くの仲間はボケているので黙っていますが、私のように声のある者にとっては、不愉快です。 私は、この施設の職員より、身分が低いとは思いません。 むしろ、「顧客として」、上位にあると思っています。

自分の言動について、その都度、施設へ「届け」無ければならないとは、施設側の要求は勝手にも程がある。 黙ってろ!

紐(ひも): 綱(つな)

犬に、勝手に他所へ行かれると困るから、「紐(リード)」を付けているのです。 人間も犬と変わりません。 人間も、犬のように暴走します。 規制を強めると、人間は暴走を、「知恵」と「道具(武器)」を使って実行するので、ベルギーやオーストリア、フランス、ドイツ、アメリカで起こっている暴動のように、目も当てられない悲惨な結果を招きます。

街角などで、「犬」の首に紐をつけて散歩している人を良く見かけますね。 あれは、飼い主が、犬に散歩させていると思われますか? それとも、自分が散歩しているとでも思いますか? 自分の散歩なんて、そんな気楽なものじゃありませんよ。 犬にも運動が必要なので、運動させているのでしょうが、犬の運動途中の暴走を防ごうと、「躍起」になっているのです。

犬が用を催すときなど、これは自然の要求ですから、犬は強引に立ち止まるでしょう。 飼い主も強引に引っ張ります。 無理やりに引きずって、「綱引き」をやり、犬の用を足す生理的欲求を、「無理に」止めているのです。 可哀そうです。 そればかりでなく、無茶です。

人間や老人にも、「紐」を、いや「綱」、「針金」付けることがあります。 人間を「操ろう」としているのです。 「操る」とは、言い換えれば、「管理する」ことですが、うんこの場合、操ることは、人権(犬権)、つまり自然の欲求を無視したことです。 犬でも、うんこを「したい」と思うときにしたい筈ですが、飼い主が、自分の都合で制御すると、犬は、うんこがしたいと思い、洩れそうなのに、出来ないのです。 うんこのタイミング、場所、を選ぶ自由は、犬にもあって然るべきです。 

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紐(ひも) の意味

 物をしばったり束ねたりするのに用いる細長いもの。 ふつう、より太く、より細いものにいう。 布・麻・化学繊維・紙・革などで作る。 ひぼ。

 物事を背後から支配すること。 引き替えの条件。

 女性を働かせて金をみつがせる情夫。

 ホタテガイアカガイなどの外套膜 (がいとうまく) の部分。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

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野犬にも、「うんこ」の自由があります。 しかし、飼育されると、犬は、うんこを決められた時間帯に、決められた場所でしなければならなくなります。 飼育犬には、自由がないからです。 飼い主が、飼育犬を支配しているからです。 

アメリカ人は、上手いことを考えました。 電波で「紐」を付け、相手を支配することです。 GPSの発明がそうです。 

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GPS

グローバル・ポジショニング・システム英語: Global Positioning System, Global Positioning Satellite, GPS全地球測位システム)とは、アメリカ合衆国によって運用される衛星測位システム地球上の現在位置を測定するためのシステムのこと)を指す。

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さすが5,000年の歴史を誇る中国の諸王朝も、電気で紐をつけ、人民を支配することまでは、考えが及びませんでした。 しかし、現代の共産党が一党で支配する中国やミヤンマーでは、スマホガラケーなどを活用してGPSによる紐を付け、人民を支配していると伝えられています。 これでは人民も、老人も、飼育される「犬」と変わりはありません。

時代は、変わっています。 GPSを活用する老人ホームが少ないのは、単に、GPSの活用には余分の費用が掛かるからだと思います。 この装置が、もっと安く、現代中国におけるように大量に生産され、多くの人々に装着できるようになれば、どの施設も、どの家庭も、どの国の政府も、大切なボケた父母や家族、国民に、GPSを装着させるようになると思います。

現代でも、入居者に「外出申告届」などの提出を求めて、入居者達の施設(老人ホーム)からの「自由な」外出を制限、コントロールしようとする老人ホームをよく見かけます。 にもかかわらず、外部への宣伝や家族への説明では、「当施設には、拘束はありません」など、とうそぶいています。 

野犬は、いわば「浪人」ですから、「外出届」を出さない「不届者」です。 そもそも不届者の存在を認めないのが、専制主義国家の中国やミヤンマーやいわゆる「拘束の無い老人ホーム」の管理の仕方です。

最近、流行の言葉「副反応」を使っていえば、自立者、要支援一、要支援二、要介護一、要介護二、施設側が認める認知症患者、等の混住を認め(そして、儲け)る現代の事業化された老人ホームが、産み出す「副反応」の一つだ、と言えます。

こうした副反応を産み出すようでは、「個人による独裁的支配」の国家も、特定の老人ホーム」と変わりません。 人間(老人)は、叫びます。 人間(老人)は、「それほどに信頼できない存在なのか?」

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飼育犬には、「リード(手繰り紐)」が付けられているが、野犬は、フリーに放たれている。 前者は、政府に「囲い込まれ、繫がれている」のと同じといえるが、後者は、本当に、独自に「飛び回っている」。 野犬は、危険だ? そうかもしれない。 だが、なぜ危険? 管理されていない。 管理されないのが、本当の「自由」である。

鉄道大臣

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「自由」とは、拘束されず、管理されない、ことです。 言い換えれば、「自分の意思」に基づいて活動できることです。 「他人の意思」で操られ、管理されることは、自由ではありません。 犬を自由に放つと、人間に危害を及ぼす恐れがあり、所構わず「うんこ」をする恐れがあるので、「紐付き」にして管理します。 

しかし、どの人間も、自分の意思で、そして、好きな(適切な)場所で、「うんこ」をしたい筈です。 それが、自然の欲求だからです。 紐やGPS、「相撲取りの横綱」のように綱を付けられて、「うんこ」をするのは、苦しく、(そして、おそらく、悲しく)自由ではありません。 糞詰まりしそうな世界には、生きる甲斐がありません。

「拘束や管理の無い」を謳う老人ホームは、実は、「不自由で」苦しい老人ホームです。 「拘束が無い」を謳う老人ホームは、「嘘」を謳う老人ホームです。 私が住む老人ホームも、「拘束が無い」を謳って、入居者を集めています。

繰り言78 (似非自由)

「囲い込み」という巧妙な拘束法がある。 具体的には、多くの商社が試みている「ポイント付与」のシステムが、その例である。 顧客の射幸心を手掛かりに、顧客を自社製品を購入するように仕向ける(括りつける)やり方である。

犬にも、野犬と飼育犬の別がある。 欧州の国々、例えば、ドイツ連邦、フランス、オランダ、などアメリカ合衆国を含めて「西欧」の国々では、新型コロナ感染症蔓延防止のため、「ワクチン接種」、「マスク着用」、を政府が推奨し、唱えているのに対し、西欧人の中には、それでは、「自由」が損なわれると、抵抗し、反対している人々がいる。 政府が求めるように、ワクチンを接種し、マスクを装着する人々を「飼育犬」に例えると、自由を求めて、反対する人々を、「野犬」に例えることができる。

飼育犬には、「リード(手繰り紐)」が付けられているが、野犬は、フリーに放たれている。 前者は、政府に「囲い込まれている」のと同じといえるが、後者は、本当に、独自に「飛び回っている」。 野犬は、危険だ? そうかもしれない。 だが、なぜ危険? 管理されていない。 管理されないのが、本当の「自由」である。

老人ホームでも、外出の度に、「外出届」の提出を求める施設もあれば、放っておく施設もある。 ところが、「外出届」の提出を求めるくせに、「当施設には、拘束はありません」と、シャーシャーとうそぶく施設もある。 「外出届」提出を求める施設は、「野犬(浪人)的自由」の何たるかを心得ておらず、入居者(顧客)を「囲い込もう」としているのである。

繰り言77 (無言の弾圧)

「これは、ルールです」。 「これは、決まりです」。 「こうなっています」。 「制度上、こう定まっています」。 云々。 日本人は、こうした一方的な申し渡しに近い「決定打」でも、抵抗せずに、受け入れる傾向を持っています。 

このような「決定打」が、強制であり、弾圧であることは、お気付きですか? これらの言葉、発言は、如何に優しく言おうとも、「強制」であり、「拘束」なのです。 強制はしていない、拘束ではない、と言葉優しく弁明しようとも、日本人の性質から言って、「ルールです」と言い渡すこと自体が、強制になってしまいます。

この日本人の性質は、長年にわたる日本文化の歴史と伝統が作り出したものだと思われますが、日本人は決められたことに対しては、従順なのです。 世間、社会、などから来る「外圧」に弱く、直ぐに屈してしまいます。 従って、「お上からの要請」にも、気軽に、かつ気安く応じます。

では、何故そのような習癖を、日本人は身に着けてしまったのか。 おそらく「竹の切れ端」のように、長時間、長期間、曲げられていたため、「曲がり(ベント)=卑屈さ」が身についてしまい、曲がった状態が、定着してしまったのです。 

歴史上、似た事例が他にも見られます。 帝政ロシア政権下における国民、中国各王朝の征服を受けた周辺の諸民族、西欧諸国に征服され植民地化されたアフリカや南アメリカの大半の諸種族や黒人奴隷のように、民族や種族・国民が長期間虐げられると、「卑屈さ」が半国民性になってしまうと思われます。

日本人の場合も、武士階級の社会的横暴さに押さえ付けられていた期間が極めて長かったので、「頭を下げて生活する(強い風は、頭の上を通り過ぎさせる)」習慣が身に付けられたのだ、と思われます。 いずれにしても、日本人は「卑屈さ」に馴らされています。 その卑屈さの故に、命令や制度が、(事なかれと)単なる「要請」だけで下され、適用されるのです。

日本人には、近世の啓蒙思想に育てられた西欧人が持っているような「自由」、「人権」の意識は、稀薄です。 反骨の精神も骨抜きにされています。 社会的な圧力(例えば、世間体のような外力)に弱く、自分(の内部)を主張する主体性の気迫に欠けています。

以上を掘り下げると、日本人を含めて、アジアの諸民族、アフリカや南アメリカの諸種族、など、長年間押さえられ、征服された人々には、「自発する力」に欠けていました。 その「自」発する力の欠如が、「自由」を求め、「人権」など、自分の内部の叫び声を主張する力の欠如に繋がると思われます。

繰り言76 (為政者の自由と国民の自由)

この度の「コロナ感染症蔓延」に関して、アメリカ大統領とロシア大統領、中国の習近平の国民に対する対処の方法に大きな違いが見られた。 ドイツ連邦の宰相、賢明なメルケルは、その対応を避けている。 アメリカ大統領、バイデンは、自らワクチン接種の範を示して、自国国民にワクチンを接種するように促した。 プーチン習近平は、ワクチン接種を国民に強制した。

そのような「為政者による」ワクチン接種要請に対する国民の反応は、人権の自由の思想の発祥の地、西欧の人々のそれと長年圧制に耐えてきたロシア国民、中国国民のそれとは、異なっていた。

人権を唱える西欧の人々は、為政によるワクチン接種強制を自由の侵害と受け止めた。 他方、ロシア国民や中国国民は、唯々諾々と強制に従った。 西欧人は、反抗した。

日本国民は、その要請を唯々諾々と受け止める訳でもなく、反抗もしない。 といって、その強制に満足するわけでもなく、賛成もしない。 ただ、諦めるのみである。 根性が腐っている、としか言いようがない。