鉄道大臣

夢寐のたわごと

日本女性の髪の結い方

高島田 (たかしまだ)

島田髷(まげ)の略称。江戸時代中期以降から、嫁入り前の女性の髪形であり今日では和装の花嫁の髪形。島田髷は江戸初期から行われたが、江戸中期、男子に文金風(ぶんきんふう)という服装が流行し、それは髪の根を高くし、長羽織、刀を落し差しにする身なりで、当時はこの姿を斬新(ざんしん)とした。この風潮が、女性の間に取り入れられ、島田髷の根を高くして高島田とよんだ。
上方(かみがた)(関西)ではこの島田を山高といった。また、髷先も江戸末期になると大きさを増した。[遠藤 武]

出典 小学館 日本大百科全書
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現代(21世紀)においても、結婚式など祝い事の臨んでは、特に「文金高島田(山高」」を選ぶ若い女性、またそれを認める男性が多い。 なぜか? 事実、中年以上の男性が遊ぶ時に、島田髷を結った芸子(芸者)を歓迎することが多い。 随分昔のことであるが、一頃「ウグイス芸者」と言って、芸者姿で歌を歌う歌手がもてはやされたことがあった。 尤も,最近の人では,今は亡くなったが、榎本美佐江(歌手)がある。

髪型も、芸術ではあるまいか? 昔は、いろいろな髪型を工夫し,競ったと聞く。 男性は、兜を被る必要から、頭の上の髪を剃り、日常は,頭の横の髪を中心に,結い上げて丁髷(チョンマゲ)にしていたが,戦闘に関わることの無い女性は、豊かな黒髪をいろいろな形に結い上げていた。 それが、時代の変遷と共に、様々な芸術的な形を生み出していた。 

過去に、日本女性の髪型を芸術として取り上げた研究は聞かないが、芸者の芸術性に着目したオーストラリア文化人類学者はいた。 

この人は、自分自身も芸者として修行し、芸者としてお披露目したオーストラリア人で、日本で永住権を獲得し、東京の深川で芸者置屋(養成所)を開設し,後進の育成を図っている。

彼女の源氏名は「紗幸(さゆき)」で、本名はフイオナ・グラハム(オーストラリア・メルボルン生まれ)

Sayuki playing flute

2007年12月、1年間の修行期間を経て、グラハムは紗幸という芸名で浅草で芸者で、お披露目した。多岐に渡る修行を経たのち、横笛や三味線などを主な芸としている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

彼女は別に,学者として,次のような横顔も持っている。 慶應義塾大学心理学学士、オックスフオード大学経営学修士社会人類学博士。慶應義塾早稲田大学上智大学講師。

翻って、現代の芸者、結婚式に臨む女性の日本髪は、「鬘(かつら)」でまかなわれ,地毛で結う女性は少ない。 ところが、ある調査によると、外国人の目には、日本女性の魅力は,長い黒髪に有ると言う。

もちろん、黒髪は「長くなければ」髷を結うことはできない。 実を言うと、筆者のような、年老いた(性欲の枯れた)日本人男性にとっても、女性の黒髪、髷は魅力的であり、セクシイである。

残念なことに、この「髷」の芸術が失われつつある。 髷は、それ自体で、セクシイであり、魅力を持つ。 いや、セクシイと言うよりも美しい。 だからこそ,未だに結婚式に臨む若い女性(そして新郎となる男性、さらに結婚式に望む参会者の間に)文金高島田を望み、認める人が多いのであろう。

それどころか、男性の女装においても、「髷」が大きな力を発するらしい。 今日現在のことは知らないが、京浜急行沿線の「大森海岸駅」に近いところに、女装男性芸者「栄太朗」の置屋があるが、写真で見るこの栄太朗さんの「島田髷」が色っぽい。 当人は、いわゆる変態ではない。 堂々と男性であることを発表しているにもかかわらず、「髷」だけでふるいつきたくなる。 
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観光客が押し寄せる東京に、国内外の注目を集める女形芸者・栄太朗さんが居るのをご存知か。男性ながら芸者置屋『まつ乃家』の二代目女将と芸者を担う、言わば花柳界の異端児だ。

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未だ、日本髪の「髷」の芸術性に着目した人はいない。 向後の研究を待つのみだが、この研究を進める人(文化人類学者)がおれば、大いに期待したい。