鉄道大臣

夢寐のたわごと

布施

私は、クリスチャンではありません。 それどころか、宗教心もありません。 が、仏教、キリスト教、など、信仰の世界では、死後の幸福ばかりでなく、現世の生活で(自分に)役立つことをいろいろ教えているようです。 その一つが、他人に与えることです。

もちろん、他にも多くの現世で役立つことを教えています。
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兄弟たち。 あなたがたに勧告します。 気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。Ⅰテサロニケ5:14心理学者によると、人は何かを与え、与えられた人の感謝を感じるときに満足感を得ると言います。 人は気前よく与えるように造られていると信じる学者もいます。そういうことだからでしょうか。 使徒パウロは、信仰者の共同体を築き上げなさいとテサロニケの教会を励ましていますが、その際、弱い者を助けなさいと強く促しています(Ⅰテサ5:14)。 彼は「受けるよりも与えるほうが幸いである」 (使20:35)というイエスの言葉を引用もしています。 

このみことばは、金銭の援助に関する話ですが、時間や労力に関しても同じこと
が言えます。私たちは与えることを通して、神のお気持ちを感じます。 なぜ、そんなに喜んで私たちを愛してくださるのかを理解し、他者を祝福する神の喜びや満足感
を味わいます。 

(デイリーブレッド)
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上記は、デイリーブレッドに記載されたキリスト教の教えからの引用ですが、仏教でも、布施という「喜び」を教えています。
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布施(ふせ)は、梵語では「檀那(旦那)(ダーナ、दान、dāna)」といい、他人に財物などを施したり、相手の利益になるよう教えを説くことなど、贈与、与えることを指します。 英語の Donation (寄贈者)やDonor(ドナー)とダーナは、同じインド・ヨーロッパ語族の語源をもちます。 漢訳で「布施」とされたのは、出家者への主要な贈与は、布(衣類)を施すことであったからです。

仏教では、全ての宗派で主要な実践項目の一つとされる六波羅蜜の一つでもあります。 -(後略)-

「布施」というのは、ほどこしをすることです。

「お布施」というと、お寺に払うお金だと思っている人がありますが、必ずしもそういうことではありません。まず、お釈迦さまは『増一阿含経』に「如来は二種の施しを説く。法施及び財施なり」と説かれています。布施を大きく2つに分けると、法施と財施の2つだ、ということです。

まず、「財施」とは、財を施すことです。

「財」というのは、お金はもちろん財ですが、お金以外にも物、労力も入ります。
お金だけでなく、お米や野菜、衣類やその他、何かをプレゼントしたりするのも財施です。

また、お金や物がなくても、あたたかいまなざしや優しい笑顔、何かのお手伝いも財施となりますので、布施を一言で言えば、親切のことです。

その布施の功徳について、『根本説一切有部毘奈耶薬事』にこのように教えられています。
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お釈迦さまが、多根樹村に托鉢に行かれました。 そこにはお釈迦さまの出身のカピラ城から嫁いで来ていた釈迦族の女性がいました。 その女性はお釈迦さまが乞食して歩かれるのを見て「お釈迦さまは、釈迦族で最も尊い方だ。 国王の位や財宝をなげうって出家され、乞食をしておられる。  何と尊いことだろう」と思い、お釈迦さまに
むぎこがしを布施しました。

するとお釈迦さまは、お弟子の阿難(あなん)に、「この女性は、この布施の善根により天上界に生まれ、やがて悟りを開くであろう」と言われました。 それを聞いた女性の夫が腹を立て、「お前はおれの妻からむぎこがしをもらうために、ありもしない大きな嘘をついて騙しただろう。 そんな少しの布施で、そんな大きな果報がえられるものか」 とくってかかります。

お釈迦さまは静かに、「私の問いに答えるがよい。  そなたは珍しいものを見たことがあるか」 尋ねられます。

男は、「もちろんだ。 俺は世の中で色々な珍しいものを見てきたが、やはりこの多根樹村にある多根樹が一番珍しい。 この村の東に生えている多根樹は、一本の木陰に500台の馬車をつないでもまだ余裕がある。 この村の名前もその樹からとったくらいだ。 どうだ珍しいだろう」「そんな大きな木なら、種も大きいのだろう。ひき臼か、それとも飼葉を入れて牛馬に食わせるための飼葉桶くらいはあるのか」「そんなことはないね。 芥子粒よりはるかに小さい。 そんな小さな種からそんなに大きくなるから珍しいのだ」「そんなことは誰も信じないだろう」、「たとえお前が信じなくても、おれはこの目でよく見たから信じるね」

そこでお釈迦さまは、こう言われました。 どんなに小さな布施でも、やがてそれが因縁となって、ついには悟りへと導かれることがあるのだ」あまりに当意即妙のお釈迦さまの説法に、男は恐れ入って仏教を聞くようになりました。 さらにお釈迦さまは、『雑譬喩経』に小さな種が大木になるたとえを出され、布施による幸せが、雪だるまのように、大きくなることを教えられています。
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