鉄道大臣

夢寐のたわごと

リーダーシップと身分意識

リーダーは、偉くはない。 偉人でも、豪傑でもない。 リーダーは、「指」導者でもない。 「指」さして、「あーせよ、こうせよ」と指図する人間は、必ずしも、リーダーではない。 リーダーは「先導」はするが、身分が高いわけではない。 リーダーシップと偉人論を混同してはいけない。 PF・ドラッカーの主張を繰り返えせば、リーダーシップは、「仕事」であって、人間の資質や人柄を言うのではない。

昔から「言うは易く、行うは難し」と言うが、リーダーシップは、その良い例の一つである。 洋の東西(そして、おそらくは南北)を問わず、誰もがリーダーに祭り上げられると、自分が偉くなったように錯覚する。 リーダーシップ論と人物論が混同される所以である。 これは、差別意識が、誰の心の底にも内在しているからかもしれない。

翻って、この事は、昔から「女性の」リーダーが少ないことにも、関係しているかもしれない。 狩猟、戦争、などでは、「体力、腕力に勝る者」が、リーダーも選ばれ易い。が、誰もが承知しているように、民主主義が発達した今日では、体力や腕力は全てではない。 知力もまた重要である。 それどころか、ITが発展した今日では、体力や腕力に勝って、知力が物を言う。

繰り返そう、リーダーシップは「役割」であり、「仕事=課題」である。 人々が途方に暮れて、模索している暗夜で、行く先を示して、他の人たちを先導することの出来る人、その人こそリーダーである。