鉄道大臣

夢寐のたわごと

リーダー後継者育成

惜別の歌より
♪別れといえば 昔より♪
この世の 常なるを
死出の旅へ ととのえよ
♪流るる水を ながむれば~♪

この歌は島崎藤村が作詞した「惜別の歌」の一部を取出したものですが、歌の詞から、ハッキリと藤村が「方丈記」を読んでいる事が判ります。 そういえば芥川龍之介も、「今昔物語」、「宇治拾遺物語」等から思い付いた(借りた)テーマで、「鼻」や「羅生門」などを書いている節があります。 

ことほど左様に、他人の物を写すことは容易ですが、テーマを自分自身の能力で発想することは、難しいことです。 それというのも、最初の着眼・発想はともかく、その後、話を如何に展開させるかの問題が残こるからです。 

目標の設定は、卓抜した着眼なり発想なりを必要とするのですが、目標の達成には、そのように設定された目標(課題)の設定が醸し出す「結果責任」とは違った意味での難しさがあります。 目標達成任務の遂行には、その為の技能と意欲が必要です。 

達成任務の遂行権限を与え、任せる後継候補者は、当人(つまり、部下・中間リーダー=フォローアー)の技能なり、意欲なりのポテンシャル(潜在的可能性)を識別・評価した上で権限を委譲しますが、その後継者の選定、と育成には時間が掛かるという困難さがあります。

遂行技能や意欲(?)は、ある程度までマニュアル化、機械化することが可能ですが、如何にITやAIが進歩したとはいえ、全てを機械に委任することは出来ません。 やはり、部下(フォローアー)の技能と意欲に頼らねばならない部分も出てきます。 従って、部下、更には後継者の教育訓練、育成と言う問題も生まれてきます。

フォローアーの育成は、自らが行うオンザジョブ・コーチング(職務指導)が、大きな部分を占めますが、一般的教育訓練は、自らが行うことは少なく、大中組織では、教育訓練担当者なり、担当部門が行います。また、後継者の育成には、それなりの技法や工夫があります。 例えば、キャパシテイ・ストレチング・アサインメント(Capacity stretchīng assaignment:注参照)、職務代行、出向(預け)、等々。 リーダーは、多くの場合、自ら後継者を

キャパシテイ・ストレチング・アサインメントとは、当人の能力の限界までの職務を与えて、背伸びさせること:by あるアメリカの会社

育てねばならないのですが、その意味で、まず、リーダー自身がリーダーシップの本質を弁えていなければなりません。 自らを高し、偉し、と弁える人物は、到底、優秀なリーダー足り得ないのです。 

リーダーシップは、役割であり、仕事なのです。 身分ではありません。 後継者育成とは、そのような役割を担う人物の発見と養成です。 従って、偉くなりたいと構えているような人物は、始めっから、後継者候補としては、相応しくありません。周囲の状況の変遷に明敏である反面、自分の仕事に熱心、かつ役目に忠実で、忍耐(我慢)強く、他人や社会に尽くすことを喜ぶとともに、自らを律するに厳しい人物が、候補者として相応しいといえます。 

このような「人材」の発見自体が難しいことですが、人材の出現を自然の偶然に待つか、社会的動静が生み出す奇跡を待つか、人為的育成によるか、は、気障な言い方ですが、「神のみぞ知る」です。 

ただ、ある程度までは、「人為」で制御出来る面があると思われるので、自然と社会的動静に期待しつつ、例えば、幕末の吉田松陰に見られる人為的な育成努力のような育成努力は尽くすべきでしょう。 すれば、維新の革新のような展開が期待できます。