鉄道大臣

夢寐のたわごと

浅はかな疑問

確か、知、情、意、と言ったな。 で、この知情意は、それぞれ「何なんだ」。要素か? いや、しっくりこない。局面? これもダメ。 部品? ますます、ダメ。 ちょっと難しい哲学的表現だが、「範疇」?  うん、これなら、何とか行けそうだ。 それにしても、馬鹿々々しい疑問を持ったものだ。 

おまけに、この90年もの間、こんな馬鹿、馬鹿しいことを、疑問も感じないで、何と無く理解したつもりだったのだ。 憎らしいから、もう一度繰り返してみよう。 知・情・意だ。 もう、子供たちに、知情意が、どうのこーのと、お説教を垂れるのは、止めにしよう。

考えてみると、こうした普通の事(?)で、普通に使っている言葉や観念が多いな。 といって、人間世界の森羅万象の全てについて、一つ一つを理解していないと、先へ進めないとなると、文字通り、ニッチモサッチモ(二進も三進も)いかんな。 いや、おそらく、知らないなら、知らないままで、過ごしていることも多いに違いない。そうでないと、人間は、生まれた時から窒息してしまう。

でも、多くの人間が、諸国の大統領や総理大臣を始め、陋巷の庶民の果てに至るまで、とにかく、飯を食い、糞を垂れ、鼻水をすすって、窒息もせず生きている。 これは、神仏のお計らいか? 大自然の営みか? 大宇宙の為せる業か? そういえば、宇宙の果ては「ある」とは信じるものの、その果ての向こうは何だ、と聞きたくなるのが人間の性(さが)だ。 こんな因業な性を人間に植え付けた宇宙が恨めしい。 ちなみに、「その先は?」と聞くように、人間の性が出来ているとすれば、その「さが」は、知情意のどれに含まれる?

90年間も、飯(おから飯、芋混ぜ飯や豆カス飯のこともあった。 いやいや、お粥や飯無しもあった。)を食ってきた。 未だに、知情意の「知」が十分じゃない。 で、「情」け無い(ところが、情けはあるつもりだ)? まして、これじゃ、この世でどうのこーのしようとする「意」が働くわけがない。 「意気消沈」とは、この事か? ともあれ、未だに、知情意の厳密な意味が判らず終いである。 あぁ、浅はかであった。 浅はかな一生(まだ終わってはいないが)であった。

♪ 進軍ラッパ聞くたびに、涙が浮かぶ俺の顔 ♪ 遠い昔のことだなぁ!