鉄道大臣

夢寐のたわごと

先生、専門家と言う「隠れ蓑」

世間は、ゴー・ツー・トラベル(キャンペーン)で、大トラブルになっているらしい。 今朝のテレ朝である衆議院議員参考出席のもと、議論を展開していた。 論点は、「キャンペーンが時期尚早ではないのか」と「何故、東京が除外されるのか」の2
点であった。 

この論点を、私なりに、更に煮詰めれば、「コロナ感染防止と経済回復」のどちらを優先させるかである。 私見は、明白である。 コロナ感染防止の方が優先する、である。 元々、人間が存在しなければ、経済はあり得ない。 人間が先であることは、議論を待たない。 現代の世界第三の経済大国は、戦後(応仁の乱や戊辰の役ではない。 第二次世界大戦である)、日本人が築いたものである。 

経済は、日本人が存在する限り、たとえ現代の日本人にとって壊れてしまっても、子孫が存在する限り再建できる。 従って、日本人とその子孫は、生存させねばならない。 コロナ問題は、単なる観光業の問題ではない。  コロナ感染問題は、後世の日本人を含めた日本人全体の問題である。

政治家たちの説明を聞いていると、問い詰められた場合、先生や専門家へ責任を擦り付けていることが判る。 政治家達は責任を取らないが、最終的に責任を取らされるのは、日本国民全体であり、その子孫である。 先生や専門家達は、政治家の隠れ蓑に使われているだけで、国民に対する責任を直接とっているわけではない。 

コロナ問題のような日本人にとっての国民的一大事が起こった場合には、本来の主権者である国民が立ち上がって決断を下すより、他はない。