鉄道大臣

夢寐のたわごと

想像力の羽根を伸ばせ (Stretch your imagination)

「見て来たような嘘を言う」のは、小説家、脚本家、等、いわゆる作家の独壇場である。 そうでもしなきゃ、小説、特に時代小説や歴史小説、等は、その時代に生きていた訳じゃないから書ける筈が無い。 潤色、脚色、「色を付ける」は、商売人やお女郎さんばかりじゃない。 色をつけなきゃ、話にならん。

小説ばかりか、活動写真もそうである。 新旧の西部劇を見てもわかるが、不格好な帽子を被っているかと思えば、格好良いテンガロン・ハットを被って、北アメリカの大平原や山岳・湖沼を馬で飛ばすゲーリー・クーパーやジョン・ウエイン、そして、ランドルフ・スコットヘンリー・フォンダタイロン・パワー、製作者、監督は、ある程度まで、「史実」に忠実であろうと試みるが、相当部分が彼らの作り事。 そうでもしなけりゃ、活動(写真)はできん。 

それでも「火の無いところには、煙は立たない」。 本当の話も少しは載せている。 眼光紙背に徹する鋭敏さがあれば、西部劇鑑賞だけでも、近世アメリカ合州国史の勉強ができる。 欧州の国々から、広い大西洋を渡って、この多数の敵愾心に満ちたネイテイブが住む未開の土地にきた人々の不安と好奇心は、如何ばかりか? ようやく東海岸へ辿り着いても、その先西海岸のカリフォルニャまでの道が遠い。 汽車も無ければ、飛行機もない。 あるのは荒漠たる大平原、峩々たる大山脈、広々とした湖沼と陰々たる大森林。 おまけに、多数に虎視眈々と異邦の人々の隙を狙うインデアン。

それに加えて、「泣き面に蜂」ならぬ移民同士の仲違い。 いかに土地が広いとはいえ、南北に分れた戦争による土地の荒廃、かてて加えてメキシコからテキサス州が、そしてカリフォルニア州も、独立を試みていた。 その南北戦争が終わったのが、わが国の「大政奉還」の僅か2年前であった。

病めるアメリカは、大きな試練を経てきた。 東海岸から、獰猛なインデアンの攻撃を凌ぎつつ西海岸へ向かい蜿蜒と続いて進む哀れなヨーロッパからの避難民(?)のキャラバン。 試練は続いた。 欧州のナポレオンによる征服を逃れるために、広大な大西洋を渡って、遥々新天地のアメリカの自由を求めてやってきた男女子供の移民達が、欧州での苦しみを逃れた上での南北に分かれた仲違い。 

私の貧しい知識を持ってしても、西部劇を鑑賞することから、この程度のアメリカ社会の有様の「ヴィヴィド」な学習が可能である。 このブログは、市販の西部劇DVDの宣伝に肩入れするものではなくてアメリカの歴史の学習の参考になればと期待して「見てきたような嘘」を書き上げたものである。