鉄道大臣

夢寐のたわごと

仕事(しごと)

これやってくれる? 「ええ、いいですよ。 仕事ですから」と答えるこの人物の頭の中には、この作業は、「義務」、「商売」、とにかく強制されたものという観念がある筈だ。 もちろん、無意識にそう感じているので、ハッキリした意識があるわけではない。 

日本人に対する強制は、当人の自発的意思に対する「要請」であって、西欧人の感覚で言う「強制」ではない。 強制に対する感覚は、「自由」であるが、西欧人が求める「自由」は、日本人のいう自由ではない。 彼等の自由は、束縛、強制、拘束から解き放たれる自由であって、日本人の自由とは違う。 日本人の自由は、自立する意思の尊重であって、「当方の意思」を認めてくれれば、認められる(許される)拘束である。 

日本語では、仕事と職責の区別がハッキリしない。 英語では、タスク(ワーク)とデユテイは、明らかに違う。 西欧人はデユテイには抵抗するが、ワークには孜々と励む。 日本人は、伝統的に相互の気持ちを忖度する気持ちが強い。 相互に敬い、労わる気持ちが、日本人には、本能的に(文化的に)働く。 「菊と刀」を表すにあたって、ルース・ベネディクトが見落とした点は、この日本人の文化的特徴であった。 

武士は、何にも先んじて、「覚悟」を大切にする(武道初心集:大道寺有山)。 覚悟は、既に、日本人の心の中にある。 仮に、圧倒的な外力や身分の高い者、あるいは自然の成り行きに押えられても、「堪忍」し、「忍び堪える」気持ちが日本人の心の中にある。  世界救世教教祖岡田茂吉氏曰く「成る堪忍は誰もする、成らぬ堪忍するが堪忍」。