鉄道大臣

夢寐のたわごと

自由(じゆう)

老人性肺炎で、病床に約一週間、縛り付けられていて考えたのだが、欧米人が求める「自由」と、日本人が頂戴する「自由」とは違うのではないという疑問である。 欧米人は、中世までの王政時代のアンジャンレジーム(ブルボン王朝による絶対王政の旧制度)の拘束からの努力の結果得た解放であって、日本人のそれは、明治維新に降って湧いたような「天からの授かりもの」で、その背景には、基本的人権リベルテ、エガリテ、フラテルニテを叫んで)の自由の回復を主張した「馬力」がない。 

日本人のそれは、明治以前、およそ1500年に渡たる身分制度に慣らされた服従の気持ち、我慢の気持ち、堪忍の気持ちに裏打ちされている。 つまり、日本人の頭の中にある自由は、自ら進んで求める自由ではなくて、与えられる自由だ、と言えると思う。 それを証明する事件として、フランス、イギリス、ついにはドイツにおけるロックダウンに反対するデモ行動の続発である。  日本では、「お上」からの外出自粛「要請」で、事が足りている。