鉄道大臣

夢寐のたわごと

違和感

以下に述べるブログは、私自身のことについて私の「実感」です。

9人兄弟姉妹の末っ子に生まれていますから、同胞(兄弟姉妹)からは、子供の頃から「XXXちゃん」と、ファースト・ネームで呼ばれています。 その呼び方が、ごく自然に聞こえたのです。 

学校へ行くようになってから、仲間はYYY君、ないし、YYYさんと、ファミリー・ネームで呼んでくれました。 仲間や同窓からは、こう呼ばれるのが、自然でした。 XXXちゃんと呼ぶ奴には、「なにお!」と、立ち向かう気持ちになったものです。 

大学へ行くようになってから、アルバイトをしました。 当時は、日本国中、アメリカの占領軍兵士(GI:ガバメント・イッシュー)が散らばっていましたし、アルバイト先は、殆ど、占領軍基地(後に、駐留軍)で、アメリカ兵士と接触し、大学卒業後の勤め先も某アメリカの大企業でしたから、仲間・友人は、殆どアメリカ人で互いにYYY!と呼び捨てで、ファースト・ネームで呼び合う習慣で生活していました。 

老人ホームへ住居を変えてから(その当時、私は病気の為、意識を失っていました)、たまたま、その老人ホームに、同姓の入居者が3人居たので、ホームの職員たちは、区別の為に、私をXXXさんとファースト・ネームで呼びましたが、意識がハッキリしていなかった私は、その呼び方を受け入れていました。 

その後、私は意識を取り戻してきました。 そして、気付ました。

私は、殆どの職員に対して、年功者です。 年功者をファースト・ネームで呼ぶのは失礼です。 抗議しました。 一部の職員には、抗議が通じました。 20年も、同一のホームに住んでいると、親しくなる職員もいます。 親し気に、ファースト・ネームで、私を呼ぶ職員が、残っているのです。 

気持ちが落ちつきません。 私は、91歳の老人男性です。 私の兄弟姉妹は、全員、死に絶えました。 私だけが残っているのです。私を、ファースト・ネームで呼べるのは、限られた人達だけです。礼儀を弁えないホームの職員どもを、懲らしめたいと思いますが、どうすればよいでしょう。