鉄道大臣

夢寐のたわごと

諦観(ていかん)

諦観(ていかん)

  本質をはっきりと見きわめること。 諦視。 

 あきらめ、悟って超然とすること。 悟り(さとり)

出典:青空文庫

人間には、他の動物と違って、「理性(意識」)」があります。 その意識の故に、例外無く、誰もが一生の最終点である「死」を恐れます。 

翻って、70歳台は、まだ自分は、生き延びられるという希望を持っていると思いますが、80歳台の人は、自分がいつ死ぬか、その死の恐怖に駆られていると思います。 昔から、「米寿」と言って、85歳を超えた88歳は祝いました。 事実、80歳台前半(85歳まで)で死ぬ高齢者は、少なくありません。  

人生が、一般に100歳までと判っていますから、90歳台になると、死は目前に迫っています。 この年まで、生き延びる人はまれです。 この年齢では、死んでいるのが普通なので、生きている方が、不思議なぐらいです。 従って、90歳を超えた人は、自分の生涯の残りが少なく、死が目前に迫っていると覚悟しています。 一種の「諦め」の境地に達してしまうのです。 言い換えれば、「悟り」の境地に達しているのです。 

従って、90歳を超えた人に、新しいことを求めるには、注意が必要です。 この年台の人は、新たな努力をしたがりません。 いわば、怠け者になっているのです。 彼らは、与えられた物は、受け取りますが、励んで、勝ち取ろうとはしません。 努力しても、「無駄だ」と感じているのです。 

自然は、「睡眠」や「忘却(失念)」という贈物の他に、生物に死が迫ると、「悟り(諦観)」という贈物を与えます。 全て生物は、苦しんで死ぬ訳ではないのです。 生物は、「楽に」とまでは言えないでしょうが、「無意識に」死んで行くらしいのです。