鉄道大臣

夢寐のたわごと

青葉の笛

古い話です。 まだ、日本には、軍国主義というものが、盛んだった頃です。 私は、小学校で習い、歌いました。 それが、「青葉の笛」でした。 この話は、多くの人、織田信長を含めて、によって語り伝えられております。 この話は、謡曲化され、「平敦盛幸若舞)」と呼ばれました。 信長は、「人間(じんかん)50年~」と詠い、49年の生涯を京都の本能寺で終えました。 正に、第二の人生に入らんとする若い年齢でした。 

コンキスタドール(征服者)、コルテスが率いるスペインの傭兵は、当時すでに開発されていた鉄砲を部下に持たせ、南米に栄えていたアステカ王国を襲撃しました。 部下たちは、情け容赦なく、土着の女たちを強姦、子供も殺戮して、この王国を根絶やしにしました。

1521年頃のことだと言われています。 続く、コンキスタドールピサロも、同じように、1533年にインカ王国を征服しました。 

源氏の軍勢は、1184年、敗れて逃げて行く平家の軍勢を、須磨の浦へ追い詰めました。 一之谷を駆け下りた熊谷直実は、鎧兜も鮮やか、な平家の大将を見つけ、「やぁ、やぁ~」と挑みかかりました。 組強いて、首を掻き切らんと、兜をとってみると、我が子(14歳)とも、見紛う年齢の等しき若武者です。 仲間の武将たちの見守る中、涙こらえて、この武者を殺し、その後、自分は出家したと伝えられております。 さすが、仲間の群將が見守る中、この若武者を「武士の情けじゃ」と逃がしてやるわけにはいかなかったのです。 ちなみに、この若武者の心映えでしょうか、箙(えびら)に名笛と伝えられていた青葉の笛を指していました。

「武士の情け」は「武士が自分より弱い者に与える恩恵、強い者が弱い者に向ける哀れみや思いやりの気持ち」というのが一般的によく見られる意味です。 しかし、この意味だけでは「武士の情け」の味わい深さは説明しきれません。

武士はプライドを重んじる

「武士に二言はない」という言葉があります。 これは「武士は一度言ったことは必ずやる」という意味の言葉です。

また、もう一つ有名なもので「武士は食わねど高楊枝」という言葉があります。 これは「武士は例えご飯を食べていなくても、弱い一面は決して見せない」のような意味の言葉です。

この二つの言葉から見て、武士にとってプライドがいかに大事なものか伝わって来ます。 「武士の情け」は単純に哀れみや思いやりの気持ちではなく、武士が他の武士のプライドを守るための行為を表しています。 仲間が恥をかかないように、知っていても敢えて黙っているような、男気溢れる言葉だといえます。

ウイキペディア

「優雅」という日本語があります。 「武士の情け」も日本語です。いや、武士の心映えです。 最近、ある84歳になる若者が、人前で、「女性が多い理事会の会議は、長くなる、云々」と、口を滑らせ、その職を去った、という話を聞きました。 まだ、「花も、実もある」若さでは、ありませんか!  

日本の文化は、ここ800年ぐらい、武家政治で賄われてきました。が、ほんの数十年前、この武家政治の名残も消えて、西洋風の新しい思想、民主主義が導入されました。 まだ、この思想は、十分に日本になじんでいません。 武家文化は、男支配の文化です。 この文化が、800年ほども続いてきたのです。 まだ、少しは、この武家文化の名残が残っていようか、と思ったのですが、「武士の情け」は、消えました。 コンキスタドールの、荒々しさに取って代られたのです。

私(91歳)も、消えなければ、イケマセンか?