鉄道大臣

夢寐のたわごと

遊び仲間

麻雀にしろ、ポーカーにしろ、それらゲームの面白さもさることながら、ゲーム中に戦わす「無駄口」が楽しい。 しかし、無駄口は、誰とでも戦わせることができる訳ではなく、気心の知れた相手でないと、戦わせられない。 ゲームに気を取られて、相手を傷つけるような失言を漏らしても、相手が傷付かず、仮にこちらが、「痛てぇ」と感じても、その失言を咎めない寛容さが必要である。  

相手の失言を許す「寛容さ」が、気心を許し合う人間関係を産むのである。 ぎすぎすした関係の仲間(?)とは、土台、ゲームは楽しめない。 ゲームの楽しみの半分以上が、人間関係から生まれるといってよい。 しかし、無駄口が過ぎると、限界を越え、喧嘩になることもある。 その後、しばらくは、互いに口も利かない、事にもなるが、心の中では、互いに「悪いことをしたな、言ったな」と後悔しているものである。 そんな時には、「時の氏神」、つまり、親しい第三者の双方にとっての親しい友人が役に立つ。