鉄道大臣

夢寐のたわごと

発信不足

「武士道」というタイトルの有名な本があります。 著者は、新渡戸稲造です。 新渡戸氏は、この本の序文の中で、外国人は日本文化について、基本的に(日本文化を弁護、紹介する)弁護士の立場で書いているが、彼は「被告」の立場で書くと言い、この本を英文で書いています。

新渡戸 稲造(にとべ いなぞう、1862年9月1日文久2年8月8日) - 1933年昭和8年10月15日)は、日本教育者思想家。 農業経済学農学の研究も行っていた。 国際連盟事務次長も務め、著書『武士道』は、流麗な英文で書かれ、長年読み続けられている。 日本銀行券D五千円券の肖像としても知られる。 東京女子大学初代学長。 東京女子経済専門学校(東京文化短期大学・現:新渡戸文化短期大学)初代校長。

ウエキペディア

さらに、新渡戸氏についての情報を加えますと、彼はアメリカ人女性と結婚し、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で学んでいます。 

他に、日本文化の特異性を外国へ向けて紹介して呉れた外国人文化人として、いずれも日本に帰化した外国人ですが、明治時代に帰化した小泉八雲(ラフカデオ・ハーン:イギリス人)、最近なら、令和初年に亡くなった鬼怒鳴門(ドナルド・キーンアメリカ人)の二人を

ラフカデイオ・ハーン:小泉 八雲(こいずみ やくも、1850年6月27日 - 1904年明治37年)9月26日)は、ギリシャ生まれの新聞記者(探訪記者)紀行文作家随筆家・ 小説家日本研究家日本民俗学者

出典: ウィキペディア

挙げることができます。 彼等は、日本へ帰化したとはいえ、元々、母国で、西欧的キリスト教的教育を受けていますから、新渡戸稲造の言うように、弁護士(評論家)の立場で、第三者的に日本文化を世界へ向けて紹介して呉れているのです。

ドナルド・キーン1922年6月18日 - 2019年2月24日 ) は、アメリカ合衆国出身の日本文学者日本学者。コロンビア大学名誉教授。 日本文学日本文化研究の第一人者であり、文芸評論家としても多くの著作がある。  日本文化欧米への紹介でも数多くの業績がある。 ケンブリッジ大学東北大学杏林大学ほかから名誉博士。 受賞歴は全米文芸評論家賞受賞ほか多数。2002年文化功労者。2008年文化勲章。また、日本ペンクラブの名誉会員であり、2012年11月26日の日本ペンクラブ創立記念懇談会では演説を行った。

日本国籍取得後、本名を出生名の「Donald Lawrence Keene」から、カタカナ表記の「キーン ドナルド」へと改めた。通称(雅号)として漢字で鬼怒鳴門(きーん どなるど)を使う。

出典: ウィキペディアWikipedia

日本の文化の特異性は、世界でも喧伝され、広く知られています。 だが、特異性と言えば、どの文化にも、それなりの特異性があると思いますが、他の民族や国に、備わる同種の事物に比べて、しばしば、日本の事物の方が優れていることに、気付かれたり、発見されたりします。 例えば、日本の紙と土、それに木と石で作った(城塞を含む)建築物、漆塗りや陶芸に見られる家具の特異な有用さと美しさ、民芸、歌謡、舞踊、などがありますが、日本の場合は、今までは、こうした特異性について世界へ向けて発信するのが、第三者を経由した弁護士的(評論家的)紹介であったので、被告(当時者)の経験、発想を踏まえた評価、紹介ではなく、いわば、日本人自身の観点に立ってはいませんでした。 

従って、世界の知識人から下される日本評価や批評は、約1500年の日本の伝統に培われた「機微」を見落とした浅い観点からの文化批判の嫌いがありました。 そのような不十分な、時に誤った、理解によって下される日本人批判は、誤解されている事物が多々あります。 そのために起こされる悲劇もあります。 最近の実例を挙げれば、森某が、女性差別的発言の為、委員長職を棒に振ったケースがあります。 

彼は、世界中の識者(?)、マスコミ、らによって袋叩きに合って、職を去ったのですが、彼の失言(?)が、日本の男の間で、通常もちいられる「暗喩(女三人寄れば、姦しい)」の一つだ、ということが、世界の識者やマスコミには理解されず、世界の人々は、ひたすら翻す「基本的人権」の御旗によって、森某を叩いたのです。 言い換えれば、いわゆる世界の知識人たちは、無責任な日本のマスコミ、日本の疑似識者のコメントのお先棒を担いだ(つまり、付和して雷同した)のです。 男として、森を哀れに思いますが、この感情は、「女性差別的」ですか? 

日本は、未だ世界では未開の不思議の国です(だから、観光客が多い)。 世界の(西欧の)国々と伍しうる日本国にするためには、日本は、十分な自己開示をしなければなりません。 世界の国々には、日本について、我々が進んで「知らしむべきなので」、無責任な評論家の言動に依らしむべきではありません。