鉄道大臣

夢寐のたわごと

状況による拘束

状況は、「枠」であり、「型」です。 枠や型には、強力な言動規制力があります。 端的な例としては、「孟母三遷」の教えを挙げることが出来ます。 枠や型には自然のものと、人為的に作られたものと、があります。 ちなみに、「状況」に相応する英語を調べると英語ではシュツエーション、ないしサークミスタンスと言い、辞書には、これらの英単語には、下記のような意味があると説明されています。

Circumstance:1.取巻、2.事情、3.環境、4.詳細

Situation:1.位置、2.形勢、3.状況、4.境遇、5.立場、6.地位、

Sanseidos Concise Engulish-Japanese Dictionnary

三省堂掌中英和辞典)

巨視的に言えば、宇宙も大きな状況であり、枠です。 地球も人間に与えられた状況であり、枠です。 言うまでもなく、この「渡る世間(社会)」も状況であり、人を規制する「枠」です。 あなたの家族、友人仲間、同窓生、ご近近所様、それ以外に、職場の在り方、社会の様相、世界情勢、日本語、日本文化や伝統、更には、日本語を通して理解する世界の歴史伝統、等々、全てが状況であり、あなたを「拘束・規制」ものするものです。 

見方を変えると、もっと小さなレベルでは、「枠」、「型」や「性格」、更に「身分」や「資格」、それに「立場」や「役割(役目)」なども、広い意味での状況として数え挙げることが出来ます。 

このような意味では、英語は便利な言葉で、「Situational」と言えば、以上のような広い意味を、一つの言葉で表すことが出来ます。 例えば、「Situational leadership」を、「状況対応リーダーシップ」と訳すことが出来ますが、この場合、対応する対象としての「Situation」は、状況そのものを含むことは、もとより、取巻き、事情、環境、位置、形勢、境遇、立場、さらには、言葉、伝統、文化までもを含み得る幅の広い言葉です。 従って、この言葉の意味の幅の広さを活用して、状況「対応」と表せば、周囲を取り囲むあらゆる枠に対応するという意味を示すことが出来ます。 

状況が、人間の言動を規制、ないし拘束する「枠」、ないし、「型」であると既に説明しました。 生まれ育つ前の「生まれ立て」の人間は、型へはめ込む前の「タイ焼き」か、「たこ焼き」か、の型へ流し込む前の溶いた小麦粉、または、鋳型へ流し込む鉄の「湯」のようなものです。 「鉄は熱いうちに打て」は、古い諺です。 新しくは、「柔らかい状態で、型に嵌めろ」でしょう。 

孟子は、自分の「型」が決まる前に、三度も引っ越しをさせられました。 それというのも、墓場の傍に住むと葬式の真似を、市場の傍に住むと商人の駆け引きの真似を、学校の傍住むと礼儀作法を、真似た言動、仕草を孟子が執るので、孟子の母は、三度目の正直を願って、学校の傍に定住することに決めたのです。 息子の一生の「型」が決まる前に、息子が善い型に嵌められると思える学校の傍に住むことにしたのです。 

なにごとにまれ、「型を付け」ねば、事は治まりません。 「形無し」では、世は渡れないのです。 「型崩れ」した着物や洋服は格好悪くて、外では着て歩けません。 人間は、それぞれの自分の「型」なり、「役目」なりを通して、世間を渡っています。 それなのに、世の中も、政府も、人間(高齢者を含めて)を、既に身に着けている「旧型」に併せて、その上に、または、旧型を捨てて、(新)型を学習するように求めます。 

 型が定まっていない未熟な若者はともかく、高齢者は、大抵、年相応の旧型で固まっています。 にもかかわらず、世間の若者も、政府も、例えば、デジタル操作などの新しい型を、高齢者たちが既に獲得し、固まっている「型」に併せて、または、その上に、押し付けようとします。 高齢者には型が無いわけじゃなくて、既有の旧型で固まっているのです。  

その老人を新型に嵌めるべく、新型を押し付けるのは、高齢者虐待の最たる例です。 高齢者に、新「型」を押し付けたいのなら、まず、高齢者を解きほぐして、柔らかくし、その上で、「型」に嵌めるべきなのです。 他方、「背水の陣」のような、窮地へ高齢者を追い込むと、高齢者と言えども、「反乱」、「革命」を起こすかも知れません。

少なくとも、「拗ねる(すねる)」ようには、なります。 

私の考えでは、「解きほぐして、柔らかくする」とは、「手取り足取りする程の判り易さで説明を加え、時間を待つ」ことです。 「型」に嵌るのは、窮屈なことです。 型が小さければ、小さいほど、かつ、新しく、新しいほど、窮屈です。 今一つ、「解きほぐして、柔らかくする」方法以外に、考えられる方途は、枠を広く、かつ、大きく(緩やかに=緩めて)、「慣れた旧型」に似ているように、高齢者に感じさせることです。 

ところが、その「枠=型」が、人間のようなちっぽけな生物の目で見て、例えば、宇宙のように巨大だと感じると、人間は枠(型)に嵌められているとは感じないで、その巨大枠が及ぼす拘束・規制の圧力を感じないのです。 人間は、窮屈どころか、その与えられた枠を自然の一部として、自然に受け入れるようになります。 

「型」は、人間の言動の基本(基地)になりますが、「形(型)は、体(内容)」を表すと言います。 人間は、型(=役割)が決まると、その型=役割に沿うように、その型(役目)「~らしい」言動を採るようになります。 

相続間もない新参者として、始めて殿中へ上がる前に、大名の息子がオドオドとしているのを見て、「若様、貴方は、XX守の御曹司で、ございますぞ!」と、江戸城登城前に、助言した家老がいたという逸話があります。